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わたしは媽媽

ニッポン子育て発見記3 中国で失われた文化が「日本に残っていた」

《日本の皆さん、こんにちは。私は中国出身で、今は日本で生活しながら3人の子どもを育てている媽媽(マーマ)です。私は日本が大好きです。そんな私が発見した日本文化のすばらしさを、皆さんにお届けします》

日本は、科学技術が非常に発達している上、生活水準も高く、サービスも充実しています。一方で、昔から大切にされてきた伝統文化が今も日本に残っており、それが身近な道徳となって日本人の日々の生活を正すために役立っているのだと思います。

私は日本に来て、中国で失われた伝統文化が、まさに日本に残っていたと感じました。例えば、中国伝統文化の徳目である「仁、義、礼、智、信」は、ほとんど完全な形で日本人に伝承されてきたのではないでしょうか。

ある日、まだ小さかった子どもを連れて、近所の公園へ行きました。砂場には、砂遊びをしている子どもがたくさんいました。その中の一人で、まだ話すこともできない1歳ぐらいの子が先に帰ることになったのですが、お母さんの合図で、きちんと皆にお辞儀をして別れを告げたのです。こんな小さい子でも礼儀作法を身につけていることに、私は驚きました。

私の娘も日本の幼稚園へ通いましたが、そこでまず教えられたのは、最も基本的な挨拶の言葉でした。「おはようございます」「さようなら」「ありがとうございます」「いただきます」「おやすみなさい」等。小学校に上がってからも、こうした礼儀作法は毎朝学校で実践されていました。

小学校の担任の先生と面談した時に、先生が私に「(娘が)家事のお手伝いをしていますか」と聞きました。今の中国ではまず聞かれない質問なので、私は驚くとともに、とても感動したのを覚えています。

その子どもが小学校を卒業する卒業式でも、私は驚かされました。卒業生は皆、自分の親に渡す感謝の手紙と贈り物を用意していたのです。校長先生が壇上から「卒業する皆さんは、ご両親に感謝の気持ちをもってください。ご両親の6年間の努力を忘れてはいけません」と言われた後、卒業生が自分の親のところへ行き、手紙と贈り物を手渡します。多くの親御さんは(もちろん私も)泣いていました。

中学校に上がると、教師や先輩生徒に対して、きちんと敬語で話さなければなりません。勉強も難しくなります。国語の教科では、孔子の『論語』や李白・杜甫の詩も学びます。中国の古典が、日本の学校教材になっているということは、日本が中国伝統文化を今も大切にしていることの現れだと思います。

こんなこともありました。担任の先生との三者面談の日、先生が私に、子どもが家で一日にどのくらい勉強しているか聞きました。私はとっさに「1時間くらい勉強しています」と答えてしまいました。すると子どもは「いえ、30分ぐらいです。それに毎日ではありません」と言って、その場で私の答えを「訂正」したのです。私は恥ずかしくなり「すみません。私の記憶違いでした」と取り繕いました。

家に帰ってから、娘は私にこう言いました。「媽媽(マーマ)。日本人は、何でも謙虚に話すのよ。私が毎日勉強しているのを、見てはいないでしょ」。

私は娘に「教育」されて、やっと分かりました。それこそ謙虚さ、誠実さであり、私が受けた中国式教育にはなかったものです。私は、再び勉強しなければならないことを悟りました。後に、仕事の上でも日本人の扱い方を学ぶことになりますが、このように自分の子どもから教えられることもあって、私は日本文化の豊かさを実感したのです。

日本に10数年住んでみて、経済が発達していること、民主的な政治が行われていること、社会の治安が良いことなどの、日本のすばらしさの来源が、伝統文化を尊重する日本人の精神と、それに基づく教育にあると分かりました。

日本では、かつて中国の唐から輸入して学んだ輝かしい文化が、そのまま残されて現代に継承されています。京都は、唐の長安を模して造られた都だと聞きました。日本の歴史は、中国の歴史に比べれば長くはないですが、日本人は自国の歴史や文化をとても大切にしています。日本が礼儀正しい国であることの理由が、そこにあるように思います。

 

前回の記事はこちら

ニッポン子育て発見記 2 「お辞儀をする心」 

https://www.epochtimes.jp/p/2021/05/73087.html

(文・心怡 翻訳編集・鳥飼聡)