【神仙故事】神仙 王守一の物語

中国人はよく蛇のことを小龍と呼びます。そのため巳年の人は、自分のことを巳年ではなく、龍年と表す人が多いです。また、言い伝えの中での龍は往々にして蛇の形をしているものが多くあります。

唐の貞観の初年、洛陽に終南山の王守一と名乗る男がいて、いつも大きな壺を抱えて薬を売っていました。彼は、客が薬を求めても売らないことがありました。しかしそういう客はすでに手遅れで、必ず病死してしまうのでした。また病気でもない者に薬を与えることもありますが、その人は間もなく発病するのでした。

洛陽に柳信という者がいました。代々裕福な家系の出身で、息子が一人いました。しかし息子が成人した後、突然眉の上に大きな肉塊が現れ、幾度となく治療を施しても肉塊は一向に消えませんでした。ある時、柳信は王守一の噂を聞きつけ、息子を助けてくれるよう自ら訪ねお願いしました。

王守一が家にやって来ると、柳信は息子を呼び出し王守一に見せました。状況を見た王守一はまずお香を焚き、それから祭祀のように豪華な酒や肉を用意するよう命じ、壺の中から一粒の丸薬を取り出すと、それを噛み砕いて、息子の肉塊に塗りつけ、神へ請う宴を設けました。するとたちまちし肉塊が破け、中から一匹の小さな蛇が飛び出してきました。蛇は五寸大の大きさで、色とりどりの光に輝いて、みるみるうちに一丈ほどの大きさに成長したのです。

王守一は宴席の酒を飲み干すと、蛇に向かって大声で呼びかけました。すると蛇は突如空中に舞い上がり、雲霧が立ちこめて辺りは暗くなりました。王守一はそのまま蛇に乗り、彼方へ立ち去りました。

《大唐奇事》より

(翻訳 牧村光莉)