大紀元時報

タオルの気持ち「この身を尽くします」

2021年8月1日 06時00分
Fast&Slow / PIXTA
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タオルにカビが生えたり、嫌な臭いがするとき、どのように洗ったらいいでしょうか。

江戸期より平織りの手拭(てぬぐい)が主流だった日本で、パイル地の西洋タオルが普及していったのは明治以降の、おそらく世紀が代わって20世紀に入ってからだったでしょう。

愛媛県の今治市で本格的に生産が始まったのが、その始まりでした。

以来、タオル手拭という二種類の小道具を、それぞれの特性によって使い分けてきたことは、日本人にとって「小さな幸せ」だったと言って良いと思います。

手拭(てぬぐい)」という名詞は、今の若い人の口から聞いたことはないので、もう古い日本語なのでしょうね。

でも、日本の手拭が、完全になくなることはないはずです。

落語の世界における手拭は魔法の道具で、紙入れ(財布)にもなるし、煙草入れにも軽く開いて読む手紙にもなります。

ただし、落語家さんが余芸で踊るとき以外は、噺(はなし)のなかで手拭を完全に広げることはないそうです。

一度広げてしまうと、たたむのが野暮に見えるからかなと想像しています。

剣道の面をつける際にも、頭にかぶる手拭は欠かせません。

粋な板前さんも、ねじった手拭の鉢巻を、まだ頭に回しているでしょうか。

手拭は、実用品であるとともに、ある種の雰囲気をもつところが捨て難い魅力です。

昔は、あいさつの贈答品によく染め抜きの手拭が使われましたが、今では、その役目はほとんどタオルに代わられているかもしれません。

確かに、もらってじゃまになるものではないので、タオルは双方にとって便利ですね。

タオルを人へプレゼントするのは、日本人独特の習慣なのではないかと、ふと思ったりもします。

そういえば日本人は、いい香りの石鹸も贈り物にしますが、西洋社会でこれをやると「あなたは不潔だ」という揶揄に直結してしまうので、禁忌なのだそうです。

そこから「西洋人にタオルのプレゼントは大丈夫かな」と余計な心配をするのですが、私の記憶のなかの昭和時代において、確かタオルというのは「体を洗うもの」だったのです。

もちろん天然のヘチマもありました。

ただ「石鹸をこすりつけたタオル」で体を洗っている大人も、あの懐かしい銭湯には、けっこういたのです。

ナイロン繊維のアカスリは、その後の普及品でした。

それが半世紀前の、フォークソングの「神田川」で石鹸がカタカタ鳴った昭和の銭湯の風景でした。

話がまた脱線しそうなので、本題のタオルへ戻します。

タオルというのは、本当に健気な存在で、自分の身を汚して人の顔や体をきれいにしてくれます。

最後は、ボロボロの雑巾にまで身をやつして、とことん人間に尽くしてくれるのです。

そんなタオルには、感謝の気持ちをもちながら、大いに働いて燃え尽きるまで、その役目を全うしてほしいと思います。

それでこそ、タオルも本望でしょう。

タオルにカビが生えたり、嫌な臭いがするとき、どのように洗ったらいいでしょうか」というのが本記事に与えられたテーマです。

台湾大紀元の元記事にも、その方法論ばかりずらっと書いてありますが、漢方医学ではないので、日本であまり知られていないような特に珍しい内容はありません。

予防としては「湿気のあるところに放置せず、十分に洗って、よく乾燥させること」であり、カビが生えて臭うタオルを再生するには「お重曹で試してみる」のですが、これぐらいのことは日本の「おばあちゃんの知恵袋」にありますので、台湾から持ってきて紹介するほどのこともないように思います。

ただ一つ、せっかくここまでお読みいただいた読者各位に、私からのお答えを申し上げるならば、繰り返しになって恐縮ですが、以下の通りです。

タオルにカビが生えたり、嫌な臭いがするときは、どうするか。

「洗濯しても消えないときは、雑巾に回して、ボロボロで形がなくなるまで使いきる」。

皆様、いかがでしょうか。

(鳥飼聡)

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