【古典の味わい】貞観政要 2

貞観2年、太宗は左右に侍する臣下に向かい、こう申された。

「人は皆、ひとたび天子となれば、自身をあがめ尊ぶことができて、恐れはばかるものはない」と言っているが、朕(ちん)は、そうしたいと思わない。

古の聖帝である(しゅん)が、(う)に対して「汝(なんじ)は、自分を賢いと思って自慢してはならない。また、自分の功績を誇示してはならない」と申されたではないか。『易経』にも「人の常として、おごり高ぶるものは憎まれ、自ら謙遜できる人は好まれる」とある。

朕は皇帝である。その我が身が、自ら尊大な態度ばかりで全く謙譲心を持てないならば、もしも朕に過ちがあった場合、臣下の誰が朕の不機嫌な顔に向かい、あえて諫言してくれるだろう。

朕はいつも、何か言葉を発したり、行動しようと思うたびに、上に対しては皇天(こうてん)を恐れ、下に対しては群臣を恐れている。だから朕は、自身をつつしみ戒めてはいるけれども、それでもなお天の意と人民の心にかなっていないのではないかと恐れ、心配しているのだよ。

 

 

太宗が、自身に仕える臣下との間で良好な関係を築くため、象徴的に話した一節ですが、決して口先だけの美辞ではなく、太宗のあふれるほどの誠実さをともなって発せられた言葉であることが、ひしひしと伝わってきます。

皇帝の逆鱗に触れることを恐れて、臣下がみな諫言することを避けてしまったならば、それは天の意にも反し、人民の気持ちにもそぐわない。そうならないために、まず皇帝たる自身が、謙虚な態度と寛容な心を持つように努めよう。この『貞観政要』には、そうした帝王学の究極的な理想が凝縮されています。

(聡)