【古典の味わい】貞観政要 5

太宗に問われて答える孔頴達(くようだつ)の言は、さらに続く。

「陛下。そもそも帝王たる人物は、内側に神明(しんめい)なる心を持ちますが、外に向けては奥ゆかしく、寡黙で、何も言わないのです。そのようにして奥深くて測ることができないように(人々に)思わせているのです」

「もしも最高の地位にある方が、ご自身の聡明さを輝かせ、その才能をもって人をしのぐほどになったら、どうなるでしょうか。きっとご自身の過ちを粉飾し、お諌めする臣下の口をふさいでしまうことになります」

「そうなると、上下の心が隔たって、君臣の間にあるべき道にそむくことになります。古(いにしえ)より、国が滅ぶ原因は、このこと以外にはないのでございます」

太宗は、孔頴達の言葉を最後まで静かに聞き、こう述べた。

「『易経』に、功労があっても自身でそれを誇らず、謙虚にふるまう君子には、最後に吉報があると言う。それはまさに卿(けい)のことであろう」。

後日、勅命によって、孔頴達に絹二百反が下賜された。

 

眼の前の壇上に、大帝国の皇帝・太宗がいます。

その人物に向かって、帝王のあるべき理想像を忌憚なく説く孔頴達。周囲に大勢の臣下がおり、祐筆(ゆうひつ)が記録するなかで行われる両者のやりとりは、完成された演劇のようで、誠に見事なものです。

ただし、それが虚偽にならないのは、この「演劇」には、そうして理想的君主たろうとする太宗の実(じつ)があるからなのです。

孔頴達にも、もちろん太宗の意が分かっているので、まっすぐにものを言います。言い終わるまで、おそらく眼を閉じ、声を発せず、山上の湖面のような表情で聞いていた太宗は、「卿」という臣下への尊称をもって孔頴達の忠節に報います。

(聡)