この連載は、日本で子どもを育てるある中国人の母親が、絵本との出会いによって、子育てに奇跡の変化が起こったというお話です。彼女と絵本の出会いは、小学二年生の娘が夏休みの宿題をいつまでもやらないために、仕方なく仕事の合間を縫って娘を連れて図書館に行ったことがきっかけでした。この奇跡の出会いにより、平凡で不安ばかりだった子育てが素晴らしい方向に向かいました。
ねずみの家族が教えてくれたこと
大して期待を抱かず図書館にやってきた母親は、とりあえず試してみようという気持ちのもと、初めて図書館で真剣に絵本を選び始めました。そこで見つけた『ねずみのティモシー』という一冊が、後の彼女の子育て論を一変することになったのです。
この絵本は、各ページの文字量が少ないだけでなく、生き生きとした趣のある絵が非常に印象的で、母親は中でも特にその内容に感銘を受けたといいます。絵本の中では、子どもにとって重要なのは親との触れ合いであり、物やおもちゃが豊富にあっても、本当の幸せや喜びは得られないと語られており、現代の世の中において、人と人との繋がりで対面のコミュニケーションが不足していることが挙げられています。この言葉が母親の心を深く揺さぶり、子どもの読書感想文を書くための一冊に迷わず決めたのでした。
しかし当時はまだ、この本が彼女の教育観を変えることになるとは全く思っておらず、さらに子どものこれまでには知らなかった天才的な一面を発見できるとは想像もしていませんでした。ただ課題をこなすことしか考えていなかったのですが、この絵本によってまったく新しい世界が開けたのでした。
『ねずみのティモシー』は、仕事に大忙しな主人公・ティモシーとその家族の様を描いた物語です。発明一家に生まれたティモシーは、祖父も父もさまざまな機械を発明した発明家で、自身も天才的な発明家でした。人々の困難を解決し、生活を楽にするためのあらゆる装置を発明したことで有名になったティモシーは、それが自分の価値だとさえ思っていたので、毎日いろんなものを発明することに夢中で、子どもと過ごす時間はほとんどありませんでした。しかし、思いもよらないことに、5人の子どもたちはなぜか次第に問題を起こすようになったのです。ティモシーは、子どもたちを喜ばせるために数々のおもちゃを発明しましたが、子どもたちは全く喜びません。途方に暮れたティモシーは結局、腰を据えて子どもたちにどうすれば喜んでもらえるか聞いてみることにしました。結論はとても簡単で、子どもたちはお父さんに一緒に遊んでもらい、話を聞いてもらえるだけで幸せな気持ちになるのです。
物が豊富にあっても「孤独」な現実
母親は絵本を読み終わった後、驚きを隠せなかったといいます。ストーリー自体はとてもシンプルで、一見特に意味を持たないように見えますが、実際そのストーリーに含まれた意味は非常に奥深く、子どもだけでなく親も見入ってしまいます。描写されている場面や絵は、すべて子どもたちの身近な生活と似通っており、個性が生き生きと描かれた5人の子どもたちは、意地を張って不機嫌な姿がとても可愛らしく、まさに子どもたちの普段の生活の中での表情の典型が表されています。絵本を通して子どもたちは自分の本心や悩みに気づくことができ、キャラクターに感情移入し、自分の思いを言い表すことができるようになります。そうすることで、子どもたちは落ち込んでいるけれど、理由がわからなかった悩みの所在がはっきりし、同時に、親は子どもが本当に必要としているのは物質的な満足ではなく、家族の寄り添いであること、子どもはとても孤独であることを深く理解することができるのです。
またこれは、大人にとっても深く共感できることだと思います。大人の世界と子どもの世界は、違っているように見えて、実は幸せや喜びを感じるという面では同じなのです。衣食住に不自由がなく、家庭が裕福でも、人生の孤独や虚無感から、さまざまな心の病を発症し、中には命を絶ってしまう人も少なくありません。現代社会では、物質的に豊かな生活を手に入れやすい反面、幸せを感じられない人も多くいます。忙しい毎日を過ごしているものの、温かみを感じることが少ないために、人に対して無関心になってしまいがちです。寂しさや孤独は、子どもだけの問題ではありません。この絵本は、一見簡単に見えますが、実際は誰もが共感できる深い社会問題を明らかにしているのです。大人は、この表現豊かな児童書から、人が本当に必要としているものは何かを考えることができ、親として今までの全てを変えて、子どもの教育に真剣に取り組もうと思うようになることでしょう。
作者は『ねずみのティモシー』を通じて、世の親に対して、子どもの心の声に耳を傾けるべきだと訴えており、親から与えられる物質以外の温もりは、現代の子育てに共通する問題を解決する上で何よりも重要だと示しています。絵本を通して、子どもたちが互いに共感できるきっかけになるとともに、親が子どもを理解し子どもについて深く考えることで、多くの親は子どもが落ち込んだりする本当の理由に気づくきっかけとなるでしょう。
ここまで、『ねずみのティモシー』を読んで、母親に起きた変化についてお話ししてきました。では、学校の課題である読書感想文を書くために、母親と一緒に『ねずみのティモシー』を読んだ娘にはどのような変化があったのでしょうか。思いもよらないことに、小学二年生の娘は、ねずみのお父さん・ティモシーが子どもたちを元気付けようとたくさんのおもちゃを発明したところを読んだ時、7歳の子どもとは思えない発言をしました。彼女のこの発言が母親の心に響き、娘は愚かだと思っていた認識を改め、娘の中に多くの驚きを見出したのです。娘は一体どんな発言をしたのでしょうか。その後親子にどのような変化が起きたのでしょうか。次回に紐解いていきます。
つづく
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