がん検査と画像診断の進歩によって、がんに対する新たなアプローチである「待機的観察」が注目を集めている。 (Alfred pasieka/Science photo library/Getty Images)

「衝撃と畏怖」を用いた積極的ながん治療を再考する

「何もしない」が命を救う？予想外のがん治療法（上）

2024/02/06
Sheramy Tsai

がんと診断されると、恐怖を感じ、闘争本能が働きます。すると、「とにかく何かしなければ」という衝動を抑えられなくなることがあります。

この「がんと闘いたい」という衝動が、米国では数十億ドル規模の産業を動かしており、何百万人もの人々が、効果の限られた治療を受けています。たとえ、治療よりも待機的観察に可能性が秘められていようと、積極的な行動を好むのです。

「待機的観察」とは、必要になるまで積極的な治療を行わず、患者の状態を注意深く観察することです。早期に発見されたり、進行が遅いことが判明した一部のがんについては、直ちに治療に進む必要はありません。これは、エビデンスに基づく戦略的な「一時停止」とでも言うべきアプローチですが、往々にして見落とされがちです。

すぐに治療しても生存率が向上しない特定の早期がん、または進行の遅いがんに対しては、経過観察のアプローチが推奨されます。この戦略は前立腺がんで最も一般的ですが、乳がん、甲状腺がん、および一部の血液がんでも検討されます。

待機的観察を選択することで、経済的にも、苦痛の面でも、がん治療に伴う必要のない損失が軽減されます。現在、この低侵襲性の方法を取る人はほとんどいませんが、その利点に対する認識が高まるにつれ、徐々に臨床現場に取り入れられています。病気ではなく患者に重点を置いたがん戦略が導入されつつあるのです。

ここでは、待機的観察の恩恵を受けた患者の1人、デヴィッド・ゲイさんのケースをご紹介します。

2014年、ゲイさんは泌尿器科で、3回目の生検結果と対峙しました。彼はエポックタイムズに対し、「がんと戦う覚悟はできていた」と語っています。

しかし、現実に直面したゲイさんは、見方を変えることになります。医師のアドバイスに従い、家族のサポートを受けて、手術や放射線治療を急ぐのではなく、待機的観察を選択したのです。

ゲイさんの決定は、新たなトレンドを反映しています。がんの予後に関する洞察はよりはっきりしたものとなってきており、従来型の治療を急いで進めることに異を唱える研究に基づき、選択の幅は広がっています。

待機的観察というアプローチ

「積極的監視」と「待機的観察」による控えめな治療過程が、患者ごとに存在します。

この２つの用語はしばしば同じ意味で使用されますが、米国がん協会は両者を区別しています。「積極的監視」には定期的な医師の診察、血液検査、生検が含まれますが、「待機的観察」は症状に基づいたよりゆったりとした経過観察を意味します。

スタンフォード大学の腫瘍学者で米国臨床腫瘍学会のリディア・シャピラ博士は、「積極的監視と治療の延期について考えるのは、がん治療にほぼ必ず伴う副作用を防ぐためというのが理由の1つです。それには手術関連の問題も含まれます」と指摘しています。

米国の泌尿器科では、前立腺がんに対する積極的監視の実施率は2倍以上に増加し、2014年の26.5％から2021年には59.6％に上昇しました。このことは、積極的ではない治療が受け入れられてきたことを反映しています。

世界で最も影響力のある医学雑誌のひとつ「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に発表された2012年の研究は、早期前立腺がんの男性で、手術を受けた患者と待機的観察を選択した患者との間に、12年後の生存率に有意な差はなかったと報告しました。

「研究グループ間の死亡率の絶対差は3パーセント未満だった」と著者らは書いており、前立腺特異抗原（PSA）値が高いか、腫瘍のリスクが高い男性のサブグループは手術の恩恵を受けた可能性があると付け加えました。

さらに最近の研究結果は、たとえ積極的監視の間にがんが進行したとしても、高い生存率に変化はないことを示唆しています。この研究では、局所性前立腺がんを患った男性の97パーセントが、治療に関係なく少なくとも15年間生存することがわかりました。しかし研究者らは、治療の副作用として患者の泌尿器および性機能への影響が10年以上続く可能性があると指摘します。

診断と治療が進歩するにつれ、シャピラ博士はがんが管理可能になる未来を想像しています。「治療法がより良く、より正確になれば、がんが『慢性疾患』になる人はますます増えるでしょう」と彼女はエポックタイムズに語りました。言い換えれば、病と闘うのではなく、共に生きていくという向き合い方です。

循環腫瘍DNA (ctDNA) 検出などの技術革新により、固形腫瘍への対処において積極的監視がより一般的な選択肢となる道が開かれつつあると、腫瘍学を専門とする統合医療医のネイサン・グッドイヤー博士はエポックタイムズのインタビューで説明しました。ctDNAは、死滅して腫瘍から切り離されたがん細胞に由来するDNAで、血液中を循環しています。ctDNAの検査により、医師はがんを検出して診断し、治療法や特定の腫瘍が成長しているのか縮小しているのかについての洞察を得ることができます。これらの高度な検査方法により、患者はがんに対してより受動的な治療姿勢を取るようになる可能性がある、と同氏は予想します。

しかし、効果的な検査方法があっても、治療を希望する人もいるかもしれません。グッドイヤー博士によれば、がん治療に対する待機的観察が、すべての患者に合うとは限らないといいます。

「衝撃と畏怖を利用した治療キャンペーンがすべてのがん患者に適しているわけではないのと同様に、待機的観察がすべてのがん患者に適しているわけではない」と同氏は述べます。

同氏は、現実的な予測や潜在的なリスク、およびそれがもたらす利点に基づいた徹底的な評価と率直な対話を通じて、この方法が適切かどうかを慎重に検討する必要があると強調しています。