昔々、森の中に一匹のトラが暮らしていました。年を取り、もう自分で獲物を捕ることもできませんでした。ある日、トラは、湖のほとりで金の腕輪を見つけました。
「この腕輪を使えば獲物が捕れるかもしれない…」と思い巡らしていると、ちょうど一人の旅人が湖の反対側から歩いて来ました。「うまそうな奴がやって来たぞ!」とトラはその旅人を仕留めようと思いました。そして金の腕輪を旅人に見せながら言いました。「おーい、旅のお方。この腕輪が欲しくないかい。こっちに来んかね? さっき拾ったんじゃが、わしが持っていても宝の持ち腐れじゃろう」
旅人は腕輪が欲しいと思いましたが、トラに近づくのをためらいました。そこで用心してトラにたずねました。「うまいことを言っているが、私をつかまえて食べてしまうつもりだろう?」
するとトラは、とぼけて言いました。「まあまあ、お聞きなさいよ。わしも若いころはずいぶん悪さをしたもんじゃった。だがな、ある聖人に出会ってな、悪いことはやめたんじゃよ。食べさせなきゃならんような家族もおらんしな。それにじいさんじゃ、歯も抜けとるし、爪はボロボロだ。こんなわしを、もう誰も怖がらんぞ」
ためらっていた旅人は、光輝く金の腕輪に目がくらみ、トラの嘘にまんまと乗せられてしまいました。湖に飛び込みトラの方へ近づいていくと、トラのもくろみ通り、旅人はぬかるみにはまって身動きがとれなくなりました。トラは「心配はいらない。いま助けに行くから待っておれよ」と言いながらそろそろと近づいて、ついに旅人をくわえました。
岸の上に引きずられながら旅人は「ああ。聖人のような言葉にすっかりだまされてしまった。結局トラはトラだった。理性が欲を抑えていれば、命を落とすはめにはならなかった」となげきましたが、手遅れでした。旅人はトラに食べられてしまいました。
旅人は自分の欲の犠牲になり、トラの計略を阻むことができませんでした。
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