通常2型糖尿病の治療に、インスリンの効果を高めるために使用されるメトホルミンが、物が歪んで見えたり、中心がぼやけたり暗くなったりする加齢黄斑変性症(AMD)の一部のタイプに対して、保護効果を持つ可能性があることが、Investigative Ophthalmology & Vision Science(IOVS)の研究で明らかになりました。
この研究は、メトホルミンが糖尿病治療以外にも様々な効果を持つ可能性を示しています。例えば、長寿効果や体重減少、神経疾患、がん、心血管疾患の予防などが挙げられます。これらの多くは通常の治療で効果が得られない場合の「オフラベル」での使用であり、米国食品医薬品局(FDA)によって正式に承認されたものではありません。
一部のオフラベル使用に関する研究では、有望な結果が出ていますが、他の用途に関しては結果が一致せず、議論の対象となることもあります。
メトホルミンと黄斑変性症のサブタイプ
加齢に関連する加齢黄斑変性症(AMD)は、網膜に影響を及ぼし、視界の中央部分が見えにくくなる病気です。AMDには「湿性AMD」と「乾性AMD」の2つのタイプがあり、その中で、加齢黄斑変性症(AMD)の進行した段階で見られる網膜の萎縮症状の一つの「地理的萎縮(GA)」は、乾性AMDの一種です。GAを患う人のうち、約16%が「法的に失明」とされる視力障害に至ります。
近年、湿性AMDの治療に抗VEGF薬(血管内皮増殖因子を抑える薬)が登場し、眼の中で血管が異常に増えるのを防ぐことで、症状の進行を遅らせることに成功しています。
一方で、地理的萎縮(GA)の治療については長らく進展がありませんでしたが、2023年にペグセタコプランとアバシンカプトペゴルという薬が登場しました。しかし、これらの薬はGAの進行を遅らせる効果はあるものの、発症自体を防ぐものではありません。
乾性AMDに対するメトホルミンの研究結果は希望を与えるものでしたが、地理的萎縮(GA)に特化した研究はこれまで行われていませんでした。そのため、今回のIOVS(視覚科学と眼科学の研究を専門とする学術雑誌)による研究では、メトホルミンが、GAの発症リスクや視力低下の予防に、どのような効果を持つかが探られました。
この症例対照研究では、GAを新たに発症した高齢者と、同じ年代でGAを発症していない対照群とを比較しました。研究者は、過去1年間のメトホルミンの使用状況に注目し、関連性があるかどうかを調べました。その結果、メトホルミンを使用していた人は、新たなGAの発症リスクが低い可能性があることが示されました。
研究者たちは、さらなる調査が必要だと述べていますが、メトホルミンが、GA予防のために、体に傷や負担を与えない方法や技術を指す「非侵襲的」な選択肢となる可能性を示唆しています。
メトホルミンがGAに与える保護効果のメカニズムはまだ明確には分かっていませんが、いくつかの仮説が考えられます。血糖値を下げる効果だけでなく、抗炎症作用や抗酸化作用が関与している可能性が、動物実験や試験管での研究によって指摘されています。
メトホルミンと老化
錠剤を飲むだけで寿命が延びるのでしょうか? 『Frontiers in Endocrinology』に掲載されたレビューによると、メトホルミンは糖尿病、がん、認知機能の低下、心血管疾患による早死のリスクを減らすことで、健康に過ごせる期間を延ばす可能性があるとされています。
メトホルミンの抗老化効果には、高血糖の抑制、インスリン感受性の向上、酸化ストレスの軽減などが関わっています。また、血管の機能を直接守ることで、血流を改善する可能性もあります。
このようなポジティブな効果がある一方で、研究者たちはメトホルミンを長寿のための予防手段として使うことについては慎重な立場です。その理由の一つは、錠剤に頼り過ぎることで、運動やバランスの取れた食事といった健康的な生活習慣を続ける意欲が低下する可能性があるからです。さらに、メトホルミンを長期間使用することでビタミンB12が不足するリスクもあります。これらの点を考慮すると、メトホルミンを老化を防ぐ「特効薬」とみなすのは適切ではありません。
統合医療の専門医であるマーカス・プローサー博士も、この慎重な見解に同意しています。『The Epoch Times』へのメールで、プローサー博士は「メトホルミンには長寿を促進する可能性があるものの、その効果が完全に証明されているわけではありません」と述べました。
また、プローサー博士は、リスクと利益をうまくバランスさせることが重要だと強調しています。メトホルミンを使用するにしても、食事、運動、睡眠、ストレス管理といった他の健康的な習慣と組み合わせることが重要です。「錠剤を飲むだけで健康が保てるわけではありません。包括的なライフスタイルを取り入れることの方が、長寿のための証拠が多く、より確実なアプローチです」と述べています。
メトホルミンと体重減少
メトホルミンには体重減少を促す可能性があるものの、その使用は特定の条件にある人に限られるべきです。
『Current Obesity Reports』に発表されたレビューによると、メトホルミンには食欲を抑える効果があり、腸内細菌のバランスを改善することで、健康的な体重維持に役立つ可能性があります。しかし、メトホルミンの体重減少効果に関する研究結果は一貫しておらず、多くの場合わずかな改善にとどまるため、米国食品医薬品局(FDA)は肥満治療薬としての認可をしていません。
米国臨床内分泌学会と米国内分泌学会のガイドラインでは、肥満の人で他の治療法が効果を示さなかった場合や、前糖尿病やインスリン抵抗性がある場合に、メトホルミンの使用が推奨されています。現在、肥満治療目的でのメトホルミン使用は「オフラベル」とされていますが、他の治療法が適さない場合や肥満に関連したリスクが高い場合には、医師がメトホルミンを処方することがあるとされています。
体重管理と代謝健康の専門家であるマイケル・レイヒー博士は、『The Epoch Times』へのメールで「一部の研究ではメトホルミンが体重減少に効果があるとされていますが、抗肥満薬として考えるべきではありません」と述べました。
さらに、「私の経験から言っても、食事、運動、行動の改善といった生活習慣の変更こそが、長期的で効果的な体重減少の鍵であり、最も重要な要素です」とも述べています。「特にインスリン抵抗性が強い場合、メトホルミンを第二選択として使うことは考えられますが、それ単独ではなく、他の生活改善と組み合わせることが重要です」と強調しています。
メトホルミンと神経疾患
『International Journal of Molecular Sciences』に掲載されたレビューによると、メトホルミンはアルツハイマー病や重度のうつ病などの神経疾患に対して保護効果を持つ可能性があるとされています。
その保護メカニズムは完全には解明されていませんが、いくつかの作用が関与していると考えられています。例えば、メトホルミンは血液脳関門(BBB)を保護する効果がある可能性があります。BBBは脳に有害物質が侵入するのを防ぐ重要なバリアであり、これが損傷すると神経炎症や神経変性が引き起こされることがあります。
また、メトホルミンには、細胞の老廃物を取り除く「オートファジー」を調節する作用があるとされています。さらに、神経細胞間で信号を伝える「シナプス伝達」や、神経ネットワークが成長し適応する「可塑性」をサポートすることも示唆されています。
メトホルミンと心血管保護
『Pharmaceuticals』誌に掲載されたレビューによると、糖尿病患者の死亡原因の約3分の2が心血管疾患に関連していると推定されています。その中でも、約40%が冠状動脈疾患、15%が心不全やその他の心疾患、約10%が脳卒中によるものです。そのため、心血管リスクを減らすことは非常に重要です。
多くの臨床研究では、メトホルミンが糖尿病に関連する慢性的な血管合併症のリスクを減少させ、心血管リスク因子を大幅に低減する可能性があることが示されています。具体的には、血小板凝集の増加、不健康な血中脂質、内臓脂肪、肥満、酸化ストレス、高血糖、炎症などのリスク因子を改善する効果が期待されています。
メトホルミンと腎保護
『Pharmaceuticals』のレビューによると、慢性腎疾患は1型糖尿病患者の約30%、2型糖尿病患者の約40%に影響を及ぼします。これは、持続的な高血糖が小さな血管を傷つけ、最終的に末期腎不全に至ることが原因です。現行の治療薬では十分な効果が得られないため、多くの患者が最終的に透析や腎移植を必要としています。
メトホルミンには、腎臓の組織を保護する効果があり、高血糖などのさまざまな有害な物質から腎臓を守るとされています。この効果のメカニズムは完全には解明されていませんが、重要な役割を果たすのはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)という酵素の活性化です。AMPKは細胞内のエネルギー管理において重要で、タンパク質、グルコース、脂質の代謝を調節します。
メトホルミンとがん
『Pharmaceuticals』のレビューによると、2型糖尿病患者は乳がん、膀胱がん、子宮内膜がん、膵臓がん、肝臓がん、大腸がんなど、特定のがんのリスクが高いことが指摘されています。メトホルミンは、高血糖やインスリン感受性といった、これらのがんのリスク因子に対して良い影響を与えるとされています。
メトホルミンが糖尿病患者におけるがんリスクを減少させる可能性があることが示されていますが、そのメカニズムはまだ完全には解明されていません。考えられる要因として、血糖やインスリンを下げることでがん細胞の増殖を抑制する効果があります。また、AMPKを活性化することによる直接的な抗がん作用も提案されています。
一部の研究では、メトホルミンががんリスクを低減する可能性が示されていますが、逆に有効性が見られなかったという報告もあります。このような結果の不一致から、メトホルミンのがんに対する有効性を明確にするためには、さらなる無作為化研究が必要であるとされています。
安全性に関する懸念
メトホルミンは一般的に副作用が少ないとされていますが、約30%の人に吐き気や下痢、嘔吐といった消化器系の副作用が現れることがあります。
オーストラリアの医師で公認栄養士でもあるピーター・ブルクナー博士は、以下のような症状やリスク要因がある人はメトホルミンの使用を避けるべきだと『The Epoch Times』にメールで述べています。
腎臓の問題: 腎臓はメトホルミンを体外に排出する役割を担っていますが、腎機能が低下している場合、薬が正しく排出されません。その結果、血液のpHが低下して酸性化する「乳酸アシドーシス」という重篤な合併症が引き起こされることがあります。
肝臓の問題: 肝臓もメトホルミンの処理に関与しているため、肝疾患があると乳酸アシドーシスのリスクが高まります。
呼吸器や心臓の問題: 重度の呼吸器疾患や心疾患があると、体内で十分な酸素が得られない可能性があり、これも乳酸アシドーシスのリスクを高めます。
乳酸アシドーシスの既往歴: 過去に乳酸アシドーシスを経験した人は再発のリスクが高いため、メトホルミンの使用は避けた方が良いでしょう。
妊娠中や授乳中の女性: 妊娠中や授乳中の女性に対するメトホルミンの影響は完全には解明されていないため、より安全な選択肢が選ばれることが多いです。
特定の薬剤: 一部の薬剤はメトホルミンと併用すると問題を引き起こす可能性があります。例えば、乳酸アシドーシスのリスクを高めるブプロピオンや炭酸脱水酵素阻害薬、セファレキシン、さらにはメトホルミンの血糖降下作用を増強するサリチル酸薬や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)などが挙げられます。すべての服用中の薬を医師に伝え、薬物相互作用を防ぐことが重要です。
ブルクナー博士は、これらの症状や状態がある場合でも、メトホルミンの服用を検討する際は、医師とよく相談することを勧めています。
リスクと利益のバランス
さらなる研究が必要な一方で、メトホルミンには病気予防に役立つ可能性があります。しかし、医師は個々の患者の状況に応じて、リスクと利益を慎重に検討する必要があります。特定の疾患リスクが高い場合、メトホルミンの利益がリスクを上回る可能性があるため、医師と十分に話し合うことが重要です。
(翻訳編集 華山律)
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。