健康を支える食文化

医食同源 日本料理にみる五行思想とその実践

こちらは2021年5月の記事を再掲載したものです。

本文は、中国伝統文化をルーツとする筆者からみた日本料理の合理性と、その食文化にもとづく日本人の健康についての理解を深めるものです。日本人の皆様にとりましても、このような文化的背景があることを再認識という意味で、興味深い視点であろうかと思います。

日本に「一物全体(いちぶつぜんたい)」という養生観があることは、よく知られています。これは、生物は全体のバランスをもって生きているため、それを食物として摂取する場合、その全体を食するのが良い、という考え方です。

それはまさしく「日常の飲食で、体のもつ陰陽の均衡を保つため」ですが、では本当に実際の生活の中で、日本人は、その食物の全体を食べているか。例えば、大きなマグロを一匹、豚を一頭食べているかというと、もちろんそうではありません。

普通の鶏卵や玄米であっても栄養のバランスはとれるのですが、それだけではどうしても単調になります。では日本人は、どのようにしてこの問題を解決しているのでしょうか。そこで注目されるのが、日本料理が大切にする「五味五色」の調理法です。

日本人は、なぜ飲食による養生を重んじるのか 

日本料理のなかで重んじられる「五味五色」については、多くの人が、単なる配色の美しさや、料理の味の組み合わせに過ぎないと思っているようです。実はそれだけでなく、その食事によって体調を整えるという大きな目的があるのです。五色(白・青・黒・赤・黄)と五味(辣・酸・咸・苦・甜)は、中国の伝統思想である五行(金・木・水・火・土)に対応するものであり、それらが人間の五臓を調整することにより、陰陽の均衡をはかる効果があると考えます。

五味五色を意識した伝統的な日本食(Shutterstock)

一方、これもよく知られていることですが、中国や古代朝鮮では、古来より中国の伝統医療が非常に発達していましたが、海を隔てた日本では、漢方医療として一部は伝わっていたものの、その発展の程度は、中国や朝鮮に比べて十分ではありませんでした。そのため、幕末から明治に西洋医学が伝わる以前の日本では、漢方を処方する日本人の医者はいましたが、本当に秀でた漢方医は非常に少なかったのです。

江戸時代の儒学者・貝原益軒によって書かれた『養生訓』(1712)にも述べられている通り、当時の日本では、未病(発症はしていないが病気に向かっている)の段階で治療できる本当の名医は、ほとんどいなかったのが実情です。

しかし、日本では日常の飲食のなかに、中国伝統医療に通じる養生法が継承されていました。そうした調理方法は、その他の日本文化と同じく古代中国を来源とするもので、『本草綱目』などの薬学書や医学書とともに日本へもたらされ、民間へ普及していきました。とりわけ庶民文化が空前の繁栄を遂げた江戸時代に、日本料理の各種の調理法も系統化され、今日に至っています。
 

「五行」と「五臓」の関係について

「五行」の学説は、中国古来の宇宙観です。それによると、万事万物には陰と陽の二大要素があるといいます。中国伝統医学もその認識にしたがって、もし人間を構成する二大要素がバランスを崩したならば、それが要因となって五臓の機能や経絡の運行に混乱が生じた状態となり、ついに発病する、と考えます。

このバランス不均衡が長く続くと、病は重くなり、最終的には陰陽が分離して死に至ります。そのため、鍼(はり)や灸(きゅう)をツボに打って経絡を調整するだけでなく、薬の服用や、ときには音楽による治療も行われますが、いずれもバランスを崩した体を整えて、正常な状態に戻すための治療です。

陰陽の次には、さらに細分化された五行があり、それらは五臓(肺・肝臓・腎臓・心臓・脾臓)に対応しています。五行の「相生相克」とは、例えば「水は木を生じ、金は水を生ず」「水は火に克ち、土は水に克つ」のように、五行がもつ安定的な相互関係のことを指します。それと同じく五臓も、通常は安定的に機能しますが、どこか一つの臓器が損傷した場合、他の臓器もふくめた陰陽のバランスが大きく崩れるため、体内が「混乱状態」となるのです。

優秀な医者は、各種の経絡を診断することにより、どの臓器に支障が生じたかを判断し、投薬したり鍼灸の治療を用いたりしますが、それらは損傷した臓器を補助するよう、ほかの強い臓器で補い、体内の陰陽バランスを回復させるための処置なのです。

ただし、こうした治療には高度な技術と知識、豊富な経験が不可欠ですので、医者ではない一般の人には、とてもできることではありません。

そこで日本では、一般の人にも十分可能な、最も簡単な「養生法」を採用したわけです。
 

日本料理は「五色五味」の調理で五臓を整える

昔の日本では、一般の人々は、そう簡単に医師の治療を受けることはできませんでした。そこで「病気を未然に防ぐ」という考え方が、普段の飲食のなかで発達してきたのです。調理の上でも、五色五味をバランスよく取り入れることで、食事によって理想的な健康状態が保てることを目指しました。

日本料理の写真をご覧になった方は分かると思いますが、見た目がとても美しく、料理の中に自然の季節感を豊富に取り入れています。特に、お正月の「お節料理」はその特徴が顕著にあらわれており、はじめは重ねられた状態の「重箱」を開くと、黒豆、赤豆、黄豆、栗きんとん、酢のもの、など様々な色の素材が使われ、五色が全てそろっているのです。

それらを見ると、五味のうちの三つ(塩からい、甘い、すっぱい)は分かるのですが、辛味と苦みは、どこから得るのでしょうか。

ご覧ください。日本人は、ねぎ、わさび、大根おろし、ゆず、レモンなど、実によく薬味を添えて食事をしています。さらに「七味唐辛子」という調味料もあります。

日本の薬味(Shutterstock)

日本人は「冷やっこ」といって豆腐を生でも食べますが、その際には、きざんだネギを薬味に添えることによって、大豆のもつ冷たい性質を中和し、体がダメージを受けるのを避けています。焼き魚やトンカツについている大根おろしやレモンは、消化を助け、脂肪の分解を促進するはたらきがあります。わさびには、魚の味をおいしくするだけでなく、殺菌の作用があります。こうした日本人の健康的な食習慣は、陰陽のバランスを整える上で、非常に合理的な方法と言えるでしょう。

ところで、五味のうちの「苦み」は、あまり口にする機会がないかもしれません。人は、甘いものを好みますが、わざわざ苦い味を選んで食べる人は多くはないでしょう。そのために腎臓の機能が抑制され、骨や歯が弱くなるだけでなく、心理的な受容力も弱まることがあります。

幸いなことに、日本には、日常的に苦いお茶を飲む習慣があります。毎食後に飲むお茶によって、五味のうちの苦みが、そこで補われていることになっています。とは言え、何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」。どの味も、度を越してはいけません。中庸の思想を以って、体の良いバランスを取るようにすべきです。

日本人は、焼いたサツマイモの皮も食べます。そのほうが胃もたれもせず、胸やけもしないのです。オレンジやリンゴを搾ってジュースにするときは、皮や芯まで一緒に搾ります。日本人は小魚も好きで、まるごと食べてしまいます。魚のすり身や豆腐など、各種の具が入った「おでん」は、まさに栄養豊富な薬膳と言えるでしょう。どれもが「一物全体」を具現した、日本人の養生観によるものではありませんか。

日本人は、中国伝統の医療そのものには通じていなかったとしても、その食習慣のなかで、陰陽五行のバランスをとるという基本的な理論を実践していました。

日本人が健康で、長寿であるという秘密は、こんなにも簡単なものだったのです。

 

(翻訳編集 鳥飼聡)

白玉煕
文化面担当の編集者。中国の古典的な医療や漢方に深い見識があり、『黄帝内経』や『傷寒論』、『神農本草経』などの古文書を研究している。人体は小さな宇宙であるという中国古来の理論に基づき、漢方の奥深さをわかりやすく伝えている。