心に残る厄介な感情、恨みとは?

ある短気な少年の物語があります。少年の父親は彼に袋いっぱいの釘を渡し、「怒りや恨みを感じたら、庭の柵に釘を1本ずつ打ちなさい」と言いました。少年は夢中で釘を打ち続け、気づけば柵は釘だらけになっていました。

しばらくして、父親は少年にこう言いました。「今度は、その釘を1本ずつ抜いてごらん」少年が釘を抜くと、柵には深い穴が残っていることに気づきます。

父親は言いました。「この穴は、恨みがに残す傷跡のようなものだ。怒りや悲しみは時間とともに薄れるかもしれないが、心に刻まれた傷は簡単には消えないのだよ」

恨みは心に深い傷を残すだけでなく、時には体調にも悪影響を及ぼします。しかし、恨みは癒すことも予防することも可能です。心の健康を守るために、感情と上手に向き合うことが大切です。

心をむしばむ恨みの代償

ウィスコンシン大学マディソン校の教育心理学教授であり、許しの研究の第一人者でもあるロバート・エンライト氏は、恨みや許しが心臓に与える影響について研究を行いました。その対象は17人の心臓疾患を抱える男性患者です。

エンライト氏は患者たちに、まだ許せていない過去の出来事を思い出すよう促しました。患者がその経験を語り始めると、医療モニターには血液を心臓に運ぶ動脈が収縮し、血流が減少する様子が示されました。この反応は、恨みが心を「閉ざす」ことの象徴とも言えます。

エンライト氏は『エポックタイムズ』の取材で、「恨みを減らすことで心臓の健康を守り、胸の痛みや突然死のリスクを軽減できる可能性がある」と語っています。実際、アメリカ心臓病学会誌のメタ分析によれば、健康で怒りや敵意を抱きやすい人は、冠動脈性心疾患のリスクが19%高くなるとのことです。

さらに、すでに心臓病を患っている人の場合、そのリスクは24%に上昇します。2024年の最新研究でも、怒りが続くことで血管の機能が低下することが明らかになっています。

また、エンライト氏はホスピスケアで出会った80代の女性のエピソードを振り返ります。彼女は家族の一人との間に起きた「許せない出来事」に対して、40年以上も恨みを抱え続けていました。エンライト氏はこう語ります。「考えてみてください。その恨みは、相手に何の影響も与えません」しかし、その長年の苦しみは彼女から希望を奪い、人生の最後に残るはずの喜びさえも打ち消してしまったのです。

 

心に残る影響

怒りが一瞬で燃え上がる炎だとすれば、恨みはじわじわと広がる毒のように私たちに影響を与えます。

不当な扱いを受けたとき、人は本能的に自分を守ろうとして怒りの「盾」を構えます。短期的には、それが自分に力を与えてくれるように感じることもあります。「まるで自分自身に『こんな扱いは許せない』と語りかけているかのようです」と、教育心理学者のロバート・エンライト氏は言います。

しかし恨みは次第に心に居座り続け、エンライト氏が「心の中の不健康な客」と呼ぶ存在になってしまうのです。

「resentment(恨み)」の語源は古フランス語の「resentir(再び感じる)」に由来します。これは「強い感情を繰り返し経験する」という意味です。その語源が示す通り、恨みの大きな特徴の一つは「反芻(はんすう)」です。

恨みを抱える人は、不当な出来事を何度も繰り返し思い返す傾向があります。哲学者アメリー・ローティーはこう表現しました。「過去にとらわれ、屈辱や傷つけられた記憶を何度も咀嚼し、その苦しみにさえ慣れ親しんでしまうのです」

この反芻は心だけでなく体にも悪影響を及ぼします。慢性的なストレスがコルチゾールやアドレナリンの分泌を増加させ、免疫機能を低下させることで、病気にかかりやすくなります。また、反芻はうつ病怒りの増幅攻撃的な行動、さらには自殺願望にまでつながることがあります。

ケリー・ハウエルズ氏は著書『Untangling You: How Can I Be Grateful When I Feel So Resentful?』でこう述べています。「恨みは『行き詰まった感情』であり、時間が経つほど他の恨みを引き寄せてしまう。今の恨みについて考えているうちに、無関係な過去の恨みまで次々と思い出してしまうのです」

統合医療の専門家であるアン・コーソン博士は、根深い恨みを抱える人は仕事や人間関係、そして自分自身にまで不満を感じやすくなり、その結果、健康にも悪影響を及ぼす悪循環が生まれると指摘しています。

やがて、恨みは人生観そのものを歪めてしまいます。人々を敵と見なし、世界を「不公平で理不尽な場所」だと感じるようになるのです。時には恨みの矛先が特定の人ではなく、自分の置かれた環境そのものに向かうこともあります。「なぜ自分ばかりがこんな目に遭うのか」と感じ、深い失望感に支配されることもあるでしょう。

エンライト氏によれば、こうした恨みはやがて自分の一部となり、自覚することさえ難しくなります。

さらに恨みの影響は個人だけでなく、家族や社会にまで広がります。エンライト氏は指摘します。「親が恨みを子供に見せ続けることで、その感情は世代を超えて受け継がれてしまうのです」

 

恨みから解放されるために

では、この「心の中の不健康な客」をどうすれば追い出せるのでしょうか。

依存症治療の専門家で臨床心理学者のライアン・ブラックストック氏によると、恨みを克服するためには、まずその正体を理解することが大切です。「恨みの原因は何か? どんな状況がきっかけだったのか? そして最も重要なのは、今その恨みが自分にとって何の役に立っているのかを考えることです。恨みには必ず何らかの役割があります」とブラックストック氏は語ります。

ロバート・エンライト氏は、恨みを手放すために「許しの4段階プロセス」を提唱しています。それは「気づき」「決断」「実践」「発見」の4つのステップです。

1. 気づきの段階

最初のステップでは、自分の感情に向き合い、傷ついた事実を受け入れることから始めます。恨みが自分の人生や人間関係、心の健康にどれほど影響しているのかを理解するのです。

エンライト氏は、父親から深い傷を受けた一人の女性の例を挙げました。彼女は長年の恨みにより、人間関係の悪化や自尊心の低下、未来への希望すら失っていました。しかし、自分の感情を見つめ直すことで、苦しみから一歩踏み出す勇気を得たのです。

2. 決断の段階

このステップでは「許すこと」を意識的に選びます。それは相手の行いを許すのではなく、恨みに縛られた自分自身を解放するためです。「怒りを抱え続けることは、自ら苦しみを長引かせることだ」と気づくことが大切です。

エンライト氏は言います。「許しは、心の健康を取り戻すための治療法です」。許しを実践することで、コレステロール値が改善され、血圧が下がり、ストレスに対する体の反応も良くなることが示されています。

3. 実践の段階

実践では、相手を見る視点を変える作業を行います。例えば、その女性は父親の過去を知ることで、彼が苦難やトラウマを経験していたことを理解しました。それは父親の行為を正当化するものではありませんが、恨みを和らげる助けとなり、彼女の中に少しずつ「思いやり」の気持ちが生まれました。

4. 発見の段階

最終段階では、自分の苦しみに意味を見出します。彼女は最期を迎えた父親の世話をすることを選び、亡くなる直前まで食事を与え続けました。

父親の死後、彼女はこう語りました。「これをして本当に良かったです。結局、彼は私の父親なのです。もし許さなければ、私の心には憎しみと後悔だけが残っていたでしょう。でも今は、ただ悲しみだけが残っています」

エンライト氏は、「許しによって、人は人生を取り戻すことができるのです」と述べています。

統合医療のアン・コーソン博士も、恨みを解消することで心、体、そして精神が癒されると指摘しています。恨みを手放すことは、心の健康だけでなく人生全体に良い影響をもたらすのです。

 

感謝の力を活かす

許しが恨みを癒すものであるならば、感謝は恨みを防ぐ「予防策」と言えるでしょう。感謝の研究者であり作家のケリー・ハウエルズ氏は、「感謝と恨みは私たちの人間関係の中で共存し、互いに影響を与え合うものです」と説明しています。

多くの人は「感謝は恵まれた状況でなければ感じられない」と思いがちです。しかしハウエルズ氏は、「感謝は完璧な状況に依存しない」と指摘します。

ハウエルズ氏は、恨みの感情に支配されている部分について、少し距離を置いて視点を変えることを提案しています。「恨みの力を少し緩めることで、これまで気づかなかった部分に感謝の気持ちを見つけやすくなるのです」と、彼女は『エポックタイムズ』で語っています。

さらに、ハウエルズ氏は「恨みに影響されていない他の部分に感謝を育てることで、恨みに対処するための強さや勇気を養うことができる」と述べています。

心理学者ライアン・ブラックストック氏は、「感情や心理的エネルギーは限られたスペースしかない円グラフのようなものです」と例えます。恨みがその円を占めるほど、他の感情のためのスペースが減っていきます。
感謝を育むことは、ポジティブな感情が恨みに占領されるのを防ぐ手段になるのです。

ハウエルズ氏は「感謝の力は『行動』によって発揮される」と強調します。感謝を日々の習慣にすることが重要だとし、次のように勧めています。
「簡単に感謝できることを1つか2つ見つけて、それを心に留め、頻繁に意識することで感謝は育ちます。感謝の気持ちを書き留めたり、言葉に出したり、心からその気持ちを感じたりすることで、感謝はさらに大きくなります」

 

恨みではなく、愛を遺す選択を

「恨みを抱え続ける限り、心が癒されることはありません」と統合医療の専門家、アン・コーソン博士は語ります。

教育心理学者のロバート・エンライト氏は、人々に「自分がどのような遺産を残したいのか」を考えるよう提案しています。

エンライト氏はこう説明します。
「私たちには2つの選択肢があります。怒りや恨みを次の世代に引き継ぎ、負の連鎖を生み出すのか。それとも、愛という贈り物を遺す、家族の心に温かさと思いやりを育むのか」

(翻訳編集 華山律)

生物医学科学の理学士号と人文科学の修士号を持つ健康分野のライター。メリーランド大学で生物医学研究に従事し、NASAのデータ分析プロジェクトに参加したほか、ハーバード大学ギリシャ研究センターの客員研究員も務める。健康ジャーナリズムでは、綿密な調査をもとにした洞察を提供することを目指している。