脳が老廃物を排出? 毎晩の働きを支えるには

私たちが眠りにつくと、は老廃物の排出作業を始めます。

脳の働きは、深夜に行われるクリーニングサービスのようなものです。水道の蛇口がすべて開かれ、洗濯機がフル稼働で汚れた衣類を洗い、その排水が下水管に流れ込むように、脳も老廃物を効率的に洗い流します。

脳は日中にさまざまな老廃物を生産しますが、それが定期的に除去されないと、ぼんやりとした疲労感や認知機能の低下などの影響が体に現れることがあります。

しかし、夜間の老廃物排出を最適化するために、私たちが工夫できる方法はいくつか存在します。

老廃物を排出する仕組み

人間の脳は、体内で最も代謝が活発な器官の一つで、全エネルギー消費の約20%を占めています。この高い活動量の結果として、多くの老廃物が生じます。二酸化炭素、尿素、アンモニアといった小さな副産物は、毛細血管に拡散し、血流を通じて体外へ排出されます。しかし、アルツハイマー病リスクと関連するベータアミロイドやタウタンパク質といった大きな神経毒性タンパク質は、その大きさのため血流だけでは効果的に排出できません。

かつて、脳にはリンパ系が存在しないとされ、老廃物の除去は内的なメカニズムに依存していると考えられていました。

しかし、2012年に研究者たちは、脳にリンパ系に似た特殊な仕組みを発見しました。この仕組みは脳の深部から老廃物を排出する能力を持ち、グリンパティック系(glymphatic system)と名付けられました。この名称は、「グリア細胞(glial)」と「リンパ系(lymphatic)」を組み合わせたものです。また、疑似リンパ系(pseudo-lymphatic system)とも呼ばれています。

脳はグリンパ系を通じて老廃物を除去する(大紀元)

脳には動脈を包む鞘(さや)のような構造があり、その隙間を脳脊髄液が流れています。睡眠中、血管が収縮して鞘との間の空間が広がり、脳脊髄液の流入が促進されます。このとき、動脈の拍動によって脳脊髄液が脳組織を通り抜け、ベータアミロイドやタウタンパク質といった老廃物を脳細胞の間から押し流します。最終的に、これらの老廃物は脳の外へと排出されます。

 

深い眠りと脳の老廃物排出

「脳の老廃物を除去するプロセスは、覚醒中にはほとんど機能せず、主に深い眠りの段階で行われます」と、オーストラリア睡眠健康財団のCEOであり、モナシュ大学の臨床准教授でもある健康心理学者のモイラ・ヤング氏は、The Epoch Timesのインタビューで述べています。

睡眠は大きく2つの状態、レム睡眠(REM)とノンレム睡眠(NREM)に分類されます。全睡眠時間の約75%を占めるノンレム睡眠はさらに3段階(N1、N2、N3)に分かれ、段階が進むにつれて眠りが深くなります。特にN3は最も深い睡眠状態で、脳波が非常に遅くなるのが特徴です。

「この段階では眠りが非常に深いため、外部環境の影響をほとんど受けません。たとえば、外で犬が吠えても、隣で誰かがベッドに入ってきても気づかないことがあります」とヤング氏は説明しています。

睡眠中、身体はこれらの段階を順番に進み、約90分ごとに1回の睡眠サイクルを形成します。一晩で通常4~5回のサイクルが繰り返されます。

睡眠の段階(大紀元)

精神科医で、ペンシルベニア州のヤング統合医学研究所の創設者であるジンドゥアン・ヤン博士によれば、特に深い眠りの間にグリンパティック系が活性化し、老廃物の排出が効率的に行われます。

また、Science誌に掲載されたマウス研究では、トレーサーを用いて脳脊髄液の流れを観察した結果、睡眠中には細胞間の空間が60%以上拡大し、脳脊髄液の流入が増加することが確認されました。この研究では、睡眠中や麻酔下でのベータアミロイドの排出率が覚醒時の2倍に向上することも明らかになりました。

 

蓄積するベータアミロイド

残念ながら、現代のアメリカ人はこれまで以上に睡眠時間が短くなっています。
2023年のギャラップ調査によると、アメリカ人の42%が「十分な睡眠を取れている」と感じていますが、5時間未満の睡眠しか取れていない人は5人に1人にのぼります。この割合は1942年にはわずか3%でした。

睡眠時間の短縮には、就寝時間が遅くなっていることが影響しています。ある研究では、就寝時間を1時間遅らせるだけで、1晩の総睡眠時間が14~33分減少することが示されています。

さらに、睡眠時間が短くなるだけでなく、質の良い睡眠も取れていません。アメリカ精神医学会によると、アメリカでは5千万人以上が不眠症や睡眠時無呼吸症候群などの慢性的な睡眠障害を抱えています。

これらの問題は深い睡眠を直接妨ぎ、グリンパティック系が効率的に働く時間を短縮します。その結果、脳内に老廃物が蓄積しやすくなります。

十分な睡眠を取れていない、または睡眠障害を抱える人々は、アルツハイマー病に関連する脳領域でアミロイドの負担が増加していることが明らかになっています。

2021年の研究では、一晩の睡眠不足でも脳の老廃物排出能力が低下することが示されました。

また、以前の臨床試験では、個々のベータアミロイドレベルに個人差があるものの、自由な睡眠を取った後の朝のサンプルは夜のサンプルに比べて平均6%低い値を示しました。

一方、24時間起き続けた参加者では、ベータアミロイドレベルが最大75.8ピコグラム/ミリリットル高い値を示しました。この結果は、自由な睡眠がベータアミロイドタンパク質の減少を促し、睡眠不足がその効果を打ち消すことを示しています。また、適切な睡眠時間が長いほど、ベータアミロイドのバイオマーカーの減少がより顕著であることも分かっています。

 

老廃物蓄積による症状

脳内に老廃物が蓄積すると、さまざまな症状が現れる可能性があります。この老廃物が適切に排出されずに溜まると、頭が冴えにくくなるとモイラ・ヤング氏は説明しています。

「最も一般的な症状は、認知機能の低下です」と、ジンドゥアン・ヤン博士はThe Epoch Timesの取材で述べています。この認知機能の低下には、記憶力の低下、集中力の欠如、複雑な作業の遂行困難が含まれます。

さらに、老廃物が長期間蓄積すると、気分にも影響を与え、不安感、うつ症状、またはイライラを引き起こすことがあります。ヤン博士は、この蓄積がアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患と直接関連している可能性を指摘しています。これらの疾患は、ベータアミロイドやタウタンパク質の脳内蓄積と密接に関係しているとされています。

2021年に実施された縦断研究では、7959人の高齢者を対象に平均25年間追跡調査を行った結果、夜間の睡眠時間が6時間未満の人は、7時間眠る人と比較して認知症を発症するリスクが30%高いことが明らかになりました。

また、2019年の別の研究では、1万3千人以上のオランダ人高齢者を対象に平均8年間追跡調査を実施。その結果、睡眠の質の低下や睡眠時間の短縮が、6年以内にパーキンソン病を発症するリスクをそれぞれ76%、72%増加させることが分かりました。

 

グリンパティック機能を最適化する方法

深い睡眠は、最初の数回の睡眠サイクル(夜の前半)で長く続きますが、後半のサイクルでは短くなり、時には発生しなくなることもあります。この変化は、脳が浄化と修復のプロセスを優先していることを示唆しています。

「グリンパティック系は、深い睡眠(N3)が長く続く夜の前半で最も効率的に機能する可能性があります」と、フロリダ大学の神経科学者である菅谷公信教授はThe Epoch Timesに語っています。「夜が進むにつれて深い睡眠が減少すると、このシステムは依然として働きますが、その効率は低下します」

グリンパティック系の働きを最適化するためには、体内の自然な概日リズム(サーカディアンリズム)に合わせて睡眠を取ることが重要です。菅谷教授は、夜の早い段階で深い睡眠を促進するために、早めに就寝することを推奨しています。

研究によると、サーカディアンリズムはグリンパティック系や脳脊髄液の循環に大きな影響を及ぼします。「理想的な就寝時間は午後10~11時の間で、これがサーカディアンリズムに最も適しています」と菅谷教授の見解に同調する形で、ヤン博士も述べています。

しかし、ヤン博士は、現代社会の忙しい生活ペースが早寝を妨げていると指摘しています。それでも午前0時以降の就寝は脳の修復機能に悪影響を与えるため避けるべきだと強調しています。

カナダの中医学施術者であるジョナサン・リウ氏は、中医学の観点から午後9~11時を「体のエネルギーが循環する時間帯」と説明しています。この時間に眠ることで、エネルギーが再調整され、バランスを取り戻す効果があります。また、この時間帯にはメラトニンの分泌が増加することも知られています。

一方、モイラ・ヤング氏は、個人の睡眠パターンには個別差があることを指摘しています。一部の人は体内時計が遅れており、夜更かしして朝遅く起きる傾向があります。このような場合でも午前0時以降に寝た人が午前9時以降に起きれば、十分な休息を得られることがあります。

 

横向きで寝ることのメリット

睡眠時の姿勢は、脳の老廃物排出に直接影響を与えます。

グリンパティック系は、仰向けやうつ伏せで寝る場合に比べて、横向きで寝る方が効率的に機能します。特にうつ伏せで寝ると、脳の血流が悪化し、交感神経が活発化することでストレスホルモンの分泌が促され、グリンパティック系の働きが抑制されます。一方、横向きで寝ると交感神経の緊張が和らぎ、グリンパティック系の流入が改善される可能性があります。

さらに、右向きで寝ることが左向きよりも有益であるという意見もあります。右向きに寝ると、心臓が高い位置にくるため血液循環が改善され、静脈還流が増加します。この結果、心臓が効率的に働き、交感神経の活動が抑制される可能性があります。

2019年の研究では、軽度認知障害、アルツハイマー病、レビー小体型認知症、パーキンソン病などの神経変性疾患を持つ患者は、1晩に2時間以上仰向けで寝る傾向があることを確認しました。研究者たちは、頭の位置や重力が脳からの血液排出やタンパク質の排出効率に影響を与えると指摘しています。

 

運動、呼吸法、瞑想で脳の浄化をサポート

心臓が血液を送り出す能力や脳の動脈の拍動は、グリンパティック系の効率に密接に関係しています。心拍ごとに多くの血液を送り出し、動脈の拍動が強いほど、脳脊髄液が脳組織に流れ込みやすくなり、老廃物の排出を促進します。

一方で、高血圧などの心血管疾患は、この機能を損なう可能性があります。高血圧は動脈壁の拍動を変化させ、脳脊髄液の流れに悪影響を及ぼします。しかし、運動は心肺機能を向上させ、血圧を調整するのに役立ちます。

また、呼吸もグリンパティック系に大きな影響を与えます。リアルタイムMRIを用いた研究により、呼吸が脳脊髄液の流れを促進することが明らかになっています。浅い呼吸は胸部や頭蓋内の圧力を低下させるため、脳脊髄液の流れを妨げます。定期的な運動や深呼吸法を実践することで肺活量を増やし、睡眠中の呼吸の質を改善することができます。

瞑想も脳の健康をサポートする効果的な方法です。
「瞑想が睡眠に役立つことを示す証拠は多くあります」とモイラ・ヤング氏は述べています。瞑想は精神的な興奮や緊張を軽減し、リラックスを促進します。

2022年の研究では、不眠症を抱える高齢者に対するマインドフルネス瞑想が、睡眠の質と持続時間を大幅に改善したことが確認されました。

ストレスによって分泌されるノルアドレナリンは、覚醒を高める一方で脳脊髄液の分泌を抑え、脳細胞間の空間を狭めるため、グリンパティック機能を妨げます。あるランダム化試験では、14週間の瞑想実践後、心不全患者の血中ノルアドレナリン濃度が約43%減少したと報告しています。

さらに、瞑想は脳への血流を増加させる効果もあります。2022年の別の研究では、高齢者が8週間のマインドフルネスストレス軽減プログラムを受けた結果、複数の脳領域で血流が大幅に増加し、注意力や記憶機能の改善も見られました。

「脳は多くのエネルギーを消費しますが、睡眠中はその代謝が低下します。その結果、グリンパティック系により多くのエネルギーが使えるようになります」と菅谷教授は述べています。彼によれば、睡眠中はニューロンの活動が減少し、細胞間の空間が拡大することで老廃物の排出が最適化されるのです。

最後に、モイラ・ヤング氏はこのように述べています。「人々は仕事や娯楽を十分な睡眠より優先しがちですが、今からでも遅くありません。睡眠をもっと優先しましょう」

(翻訳編集 華山律)

大紀元のライターとして、がんやその他の慢性疾患に焦点を当てている。かつて、社会科学雑誌の編集者。