これまで心臓は自らの損傷を大きく修復することはできないとされてきました。しかし、今回の研究で、心臓には潜在的な自己修復メカニズムがある可能性が明らかになり、従来の常識を覆す発見として注目されています。
健康な心臓では、心臓の細胞は1年に約0.5%の割合で新しいものと入れ替わります。しかし、心臓発作や損傷を受けた心臓では、この再生の速度が急激に低下することが分かっています。
ところが、今回の研究で、心不全の患者が血液を送り出すのを助ける装置を装備した心臓細胞の再生率は1年間で約3.1%に達することが確認されました。これは健康な心臓の再生率の約6倍に相当します。
ミシガン大学医療部門のマーシャル・ルンゲ博士は、この研究について次のようにコメントしています。「成人の心臓は大きな再生ができないと長年信じられてきました。そのため、心臓発作後に完全な機能回復を目指すのは不可能だと思われていました」。
これまでの心臓再生に関する研究は、主に幹細胞移植や遺伝子治療、さらには人工組織の開発に焦点を当てていましたが、どれも実際の治療における大きな成果は得られていませんでした。
しかし、この研究は、これまで難しいとされていた心不全患者の治療に新たな光をもたらす可能性があります。「この発見は、心不全に悩む多くの人々に新しい希望を提供します」とルンゲ博士は述べています。
心臓ポンプが修復メカニズムを活性化
この研究は、進行性の心不全患者と健康な人の心臓組織を比較したもので、11月下旬に『Circulation』誌に発表されました。
スウェーデンのカロリンスカ研究所の研究によると、心臓に損傷を受けると、その再生能力が通常の18~50分の1にまで低下します。例えば、動脈硬化や血流不足による心不全患者では再生率が0.01%、血流とは関係のない非虚血性心筋症の場合でも0.03%程度にとどまります。
通常、心臓は損傷を修復する際にDNAを増やしますが、このプロセスにより細胞は多くのエネルギーを消費し、結果的に負担が増加します。これが、心臓の効率的な再生を妨げる要因の一つです。
しかし、左心補助人工心臓(LVAD)という装置を用いることで、この状況が劇的に変わることが確認されました。LVADは心臓の負担を軽減するポンプで、この装置を装着した患者では、健康な人の6倍の再生能力が観察されました。
「逆リモデリング」と心臓の修復
LVADを使用することで、「リバース・リモデリング」という現象が促進されます。これは、心不全によって傷ついた心臓が構造的、細胞的、分子的に回復するプロセスです。
「LVADを装着した患者の中には、心臓機能が回復し、移植が不要になるケースもあります。さらに稀なケースでは、LVAD自体を取り外すことが可能になる場合もあります」と、ミシガン大学のルンゲ博士は述べています。このリバース・リモデリングの具体的な仕組みは、これまで解明されていませんでしたが、今回の研究が新たな手がかりを提供しています。
研究者たちは、LVADが心臓の負担を軽減することで、損傷した細胞における有害な化学反応を抑制し、心筋細胞の再生を促進していると考えています。この負担軽減により、細胞のエネルギー消費が減り、損傷しにくい小型の細胞が形成されることが確認されました。また、ミトコンドリアの数が減少し、エネルギーの効率的な利用が可能になることも明らかになりました。
若い細胞の増加
さらに、LVADを装着した患者では、新しい心筋細胞が増えていることも確認されています。この研究では、炭素-14(14C)を用いた「細胞の出生年代測定」を活用して、新しい細胞と古い細胞の比率を測定しました。
炭素-14は大気中から吸収される放射性同位体で、その濃度は冷戦時代の核実験以降減少しています。これを利用すると、細胞が形成された時期を判別することができます。新しい細胞ほど14C濃度が低いことから、今回の研究では新しい細胞が活発に生成されていることが明らかになりました。
将来の治療への期待
心臓が特定の条件下で持つ潜在的な再生能力を発見したことで、これを活用し、内なる修復メカニズムを強化する新しい治療法の可能性が開かれました。
「この発見は非常に重要な意味を持ちます」と、ミシガン大学のルンゲ博士は述べています。その理由として博士は次の2点を挙げています。「第一に、左心補助人工心臓(LVAD)を使用した際に心臓機能が改善される理由を解明する手助けとなること。第二に、新しく再生した細胞と通常の細胞の違いを理解する糸口を提供することです」。
また、ルンゲ博士は、遺伝子治療や人工知能(AI)の進化により、この発見が心不全に対する新しい治療法の開発につながる可能性を指摘しています。「これらの進展により、命を救うだけでなく、ドナー心臓への依存を減らし、高額で複雑な移植手術の課題を克服することが期待されます」と述べています。
研究者たちは、この発見をきっかけにさらなる研究が進み、心筋の回復に関する仕組みが分子レベルで解明され、それを活用する治療法の開発につながることを期待しています
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