年齢を重ねるにつれて、体は「炎症性老化」と呼ばれる、軽度な慢性炎症の状態に陥ることがあります。この炎症は老化を加速させ、心疾患や糖尿病、認知症など、加齢に伴う病気のリスクを高めてしまいます。
「炎症性老化」という言葉は、「炎症(inflammation)」と「老化(aging)」を組み合わせた造語です。この状態が進むと、寿命が短くなるだけでなく、健康を損なうことで生活の質も大きく低下してしまいます。でも、最近の研究では、ちょっとした生活習慣を見直すだけで炎症性老化を抑えられる可能性があることが分かっています。たとえば、質の良いタンパク質を食事に取り入れることや、十分な睡眠を確保する、日光を浴びる、1日の目標歩数を達成するなど、どれも実践しやすい方法です。
炎症の原因をしっかり理解し、それを防ぐための対策を取ることで、充実したシニアライフを送れるかどうかが変わってきます。
炎症は「体内でくすぶる火災」
急性炎症は、けがやウイルスなどの異物に対する体の防御反応です。例えば、紙で指を切ったときの赤みや腫れ、喉の痛みは、健康を守るために免疫が働いている証拠です。しかし、この炎症が長引き慢性化すると、体に大きな負担をかけるようになります。
「慢性的な炎症は控えめで目立ちにくいものですが、長期的に見ると細胞や組織、臓器を徐々に蝕んでいきます」と、慢性炎症治療を専門とする英国の医師で機能栄養療法士のアヴニ・シェス博士は、『エポックタイムズ』のメールインタビューで説明しています。
慢性炎症は数か月から数年続くことがあり、その原因には持続的な感染症や自己免疫疾患、有害物質や刺激物への長期間の暴露、さらには不適切な食事や運動不足といった生活習慣が関係しています。
「慢性炎症は体内でくすぶる火災のようなもので、少しずつ健康や活力、そして寿命を蝕んでいきます」と、シェス博士は語っています。
研究者たちは老化の主な特徴をいくつか特定しており、その中に加齢に伴う慢性炎症も含まれています。
炎症性老化の主な要因
炎症性老化の背後には、いくつかの複雑なメカニズムが関与しています。
まず、細胞老化が重要な要因です。これは加齢とともに進行し、運動能力の低下や認知機能の衰えなど、加齢に伴う病気の主な原因となります。細胞老化とは、細胞が成長を停止し、DNA構造や代謝が変化したり、炎症を引き起こす物質を分泌するようになったりする状態です。
この過程によって、細胞は再生能力を永久に失い、幹細胞が徐々に減少します。幹細胞は体内のさまざまな細胞の基盤となる存在で、その数が減ることで組織の修復や再生が難しくなり、周囲の組織にも悪影響を与え、炎症性老化を進行させます。
次に、ミトコンドリア機能の低下も重要な役割を果たしています。ミトコンドリアはエネルギーを作り出し、代謝を調節する細胞内の重要な器官ですが、加齢とともにその機能が低下します。この機能不全はフリーラジカル(活性酸素)の生成を引き起こし、慢性的な炎症を助長します。また、ミトコンドリアの機能低下と細胞老化は互いに影響を与え合い、この複雑なフィードバックが細胞老化を加速させます。
さらに、免疫機能の低下(免疫老化)も大きく関わっています。免疫機能が弱まることで、体が細胞の老廃物を効果的に処理できなくなり、炎症が増加します。「免疫システムが効率を失い、防御の過程でかえって炎症性物質を多く放出してしまうことがよくあります」と、シェス博士は指摘しています。
また、腸内環境も炎症性老化のカギを握る要因の一つです。年齢とともに腸内細菌の多様性やバランスが変化し、「リーキーガット」と呼ばれる腸壁の透過性が増す状態になることがあります。この状態では、腸内の毒素や細菌が血液中に入り込み、免疫反応を引き起こして炎症を促進すると考えられています。
最後に、生活習慣の影響も見逃せません。座りがちな生活やストレス、不適切な食事、喫煙、過度な飲酒などは炎症を悪化させ、老化を加速させます。また、大気汚染や有害物質への長期的な暴露も炎症を促進する要因とされています。
健康への影響
慢性的な炎症を放置すると、健康問題や病気のリスクが増える可能性があります。
「慢性炎症が続くと、体の修復機能が低下し、慢性疾患にかかりやすくなり、全体的な体力や抵抗力も失われていきます」と、栄養学と臨床栄養学の博士号を持つヘラス・セナ氏は『エポックタイムズ』のインタビューで述べています。「このような状態を放置すると、心血管疾患や代謝性疾患、神経変性疾患、がん、虚弱化、そして高齢者の生活の質の低下といった深刻な健康問題に繋がる可能性があります」とも指摘しています。
研究では、慢性炎症がうつ病のような気分障害や自己免疫疾患のリスク因子にもなることが明らかになっています。
シェス博士は、炎症性老化に伴う典型的なサインとして次のような症状を挙げています。
・消化器の問題:お腹の張りやガス、不規則な排便、消化不良などは炎症の兆候かもしれません。これにより、炎症性腸疾患などの消化管のトラブルが引き起こされる可能性があります。
・脳のもやもや感:集中しにくい、物忘れが増えた、「頭がすっきりしない」といった感覚は炎症性老化のサインかもしれません。研究によれば、炎症が高いレベルにあると記憶力や認知機能全般に悪影響を与えることが確認されています。
・体重の停滞:運動や食事を工夫しても体重が減らない場合、炎症が関与している可能性があります。炎症はインスリン抵抗性を引き起こし、脂肪組織の増加が炎症をさらに悪化させるという悪循環を生むことがあります。インスリン抵抗性は2型糖尿病の基盤となり、2型糖尿病自体も慢性炎症性疾患として知られています。
・エネルギー不足と疲労感:慢性的な疲労感や、ストレスから回復しにくい状態は、炎症性老化が原因の可能性があります。疲労は多くの要因が関与する症状ですが、慢性的な炎症がその一因であることも少なくありません。
・痛みや不快感:関節痛や筋肉痛が長引く場合、その原因が炎症にあることがあります。2019年に「国際分子科学ジャーナル」に掲載されたレビューでは、加齢が直接の原因ではないものの、関節軟骨の変性リスクを高める要因であることが指摘されています。加齢による関節の変化が炎症物質を放出し、全身的な炎症が軟骨の損傷や痛みに繋がることがあります。
これらの症状は他の健康問題とも似ていることが多いですが、多くの場合、加齢に関連した慢性的で軽度な炎症が背景にあると考えられます。
炎症性老化を防ぐための生活習慣と食事法
炎症性老化を抑えるには、生活習慣の見直しと食事の工夫が欠かせません。
食事
『Nutrients』誌に掲載されたレビュー研究(セナ氏が著者の一人)では、栄養不良、特にタンパク質不足が高齢者の炎症性老化に大きく影響を与えることが示されました。セナ氏は、高品質なタンパク質を含む食品、例えば赤身の肉、魚、卵、乳製品、豆類、豆腐や大豆製品などの植物性タンパク質を積極的に摂取することを勧めています。また、タンパク質を摂るタイミングにも工夫が必要だと指摘しています。
「筋肉の合成をサポートするため、タンパク質は1日の食事に均等に分配して摂取するのが理想的です」とセナ氏は述べています。
炎症性老化を防ぐには、十分なタンパク質の摂取だけでなく、抗炎症作用のある食品を豊富に含む食事を心掛けることも重要です。セナ氏によると、野菜や抗酸化作用のあるバイオアクティブ化合物(生理活性物質とは生命現象に微量で関与し、影響を与える化合物です。ビタミンや補酵素、ホルモン、抗生物質、神経伝達物質、サイトカインなど)、栄養価の高い食品をたくさん取り入れることが効果的だとされています。
特に脂肪の多い魚に含まれるオメガ3脂肪酸には抗炎症作用があります。また、抗炎症性生理活性化合物は、果物や野菜、穀物、スパイス、お茶、オリーブオイル、フルーツジュース、ワイン、チョコレート、ビールなどに含まれています。中でも、ターメリックに含まれるクルクミンには強力な抗炎症作用があることが研究で示されています。
「バランスの取れた多様な食事は、炎症性老化を和らげ、より健康的な老化をサポートするために重要な役割を果たします」とセナ氏は強調します。
また、シェス博士は、炎症性老化を防ぐための基本的な栄養改善のステップとして、次のようなシンプルな方法を提案しています。
「精製された穀物を全粒穀物に置き換えること。週に2回、サーモンなどの脂肪の多い魚を加えること。そして、ベリー類や葉物野菜、ハーブといったカラフルな野菜や果物をもっと食事に取り入れることです」とアドバイスしています。
運動
定期的な運動は、加齢に伴う炎症を抑える効果的な手段です。2019年に『Frontiers in Aging Neuroscience』誌に発表された系統的レビューでは、有酸素運動が中高年層の炎症マーカーに大きな改善効果をもたらすことが確認されています。シェス博士は、週のほとんどの日に30分程度の中程度の運動を行うことを推奨しています。ウォーキング、サイクリング、ヨガなどが良い例です。また、米国疾病予防管理センター(CDC)は、成人に対して1週間で150分の中強度の運動を推奨しており、これは1回30分のセッションを週5日行う形に分けることができます。
腸内環境の改善
腸内環境を整えることは、健康な免疫システムの維持や炎症の調整に役立ちます。一方で、腸内細菌のバランスが崩れると、炎症が増加し、さまざまな健康問題を引き起こす可能性があります。
セナ氏は、腸内環境をサポートするため、プレバイオティクス(腸内細菌のエサとなる難消化性の食物成分)やプロバイオティクス(ビフィズス菌や乳酸菌など人の腸に存在して人に有益な効果をもたらす「微生物」の総称)が豊富な食品を摂取することを勧めています。「ヨーグルト、ケフィア、キムチ、高繊維の野菜や果物などを食事に取り入れ、有益な腸内細菌を育てましょう」とアドバイスしています。
また、シェス博士は加工された糖類や精製された炭水化物を控えることの重要性を強調しています。「砂糖の摂取を減らすことで、腸内細菌のバランスを崩さないようにすることができます」と述べています。
睡眠の最適化
適切な睡眠は、体が自らを修復する力を支えます。研究によると、睡眠不足や睡眠の質の低下は慢性的な軽度の炎症を引き起こす原因となることが分かっています。
セナ氏は、細胞の修復や免疫機能の調整を促進するため、1晩に7~8時間の質の良い睡眠を確保することを推奨しています。
ストレス管理
慢性的なストレスは炎症レベルを高める原因になります。シェス博士は、マインドフルネスの実践が炎症性老化を促進するストレスホルモンを減少させるのに役立つと指摘しています。
「短い瞑想を取り入れたり、深呼吸のエクササイズを試したり、マインドフル(穏やかでクリアな安定感のある心の状態)な朝のルーティンを作るのがおすすめです」とシェス博士は提案しています。
また、セナ氏は社会的つながりの重要性を強調しています。孤立はストレスや炎症の増加に繋がるため、精神的・感情的な健康を促進するために、社会的な活動に積極的に参加することが推奨されています。
これに関連して、米国公衆衛生局長官のビベック・マーシー氏も、孤独や孤立が健康に及ぼす悪影響について警鐘を鳴らしています。2023年に発表された公衆衛生局の勧告には、「孤立や孤独に関連する多くの健康問題を説明する共通の経路として、炎症が挙げられる可能性がある」と記されています。
実際、この報告によれば、孤独は身体活動の欠如と同程度に炎症を増加させることが示されています。
日光浴とビタミンDの重要性
適度な日光浴は、体内でビタミンD3を生成するために必要です。ビタミンD3は、免疫機能の調整や炎症の抑制に関わる重要な役割を果たします。
セナ氏は、ビタミンDを生成するために適切な日光浴を推奨しながらも、肌を傷めないよう安全対策を講じる重要性を強調しています。研究によれば、春や夏には10~20分、冬には最大2時間程度の日光浴が推奨されますが、これは居住地の緯度によって異なる場合があります。
「野菜や果物に含まれるカロテノイドを豊富に摂取することで、肌の保護や全体的な健康をさらに高めることができます」とセナ氏はアドバイスしています。
サプリメントの活用
炎症性老化の治療には、戦略的なサプリメントの活用が有効であるとセナ氏は述べています。特定の栄養素が十分に摂取できていない場合、タンパク質やアミノ酸、微量栄養素、または栄養価の高いスナックを補助的に利用することを提案しています。
健康状態のチェックとテスト
セナ氏とシェス博士は、炎症性老化に対処するためには定期的な検査と個別のサポートが重要だと指摘しています。
セナ氏は、健康診断でC反応性タンパク質(体内に異物が入ったり、組織が損傷したりした際に増加する血中のタンパク質・CRP)などの炎症マーカーや体組成、筋力を定期的にモニタリングすることで、炎症を早期に発見し対応することを推奨しています。
一方、シェス博士は、機能的栄養学や医療の専門知識を持つ医療従事者と協力し、腸やホルモンの健康状態を評価する高度なテストを受けることを提案しています。また、栄養学と遺伝学の交差点であるニュートリゲノミクス(食品の摂取が体内の遺伝子発現に与える影響を解析する学問分野)を活用することで、個人に最適な炎症性老化対策を見つける手助けになると述べています。
炎症性老化を防ぐことは、長寿と年齢を重ねても健康を維持するために不可欠です。食事や生活習慣の見直しを含む積極的な対策を講じることで、年齢とともに現れる慢性的な軽度の炎症を軽減することができます。これらの戦略を優先することで、より健康的な未来が手に入るでしょう。
(翻訳編集 華山律)
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