古典の味わい
古典の味わい
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(魏徴の上書、続き)「ですので、君主たるものは、以下の十のことがらについて、心に留めることが肝要でございます。まず、欲しいものを見ても知足(足るを...
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(魏徴の上書、続き)「そもそも、群雄が天下を狙って取ろうとしているうちは、その心中に憂いもあり、必ず誠意を尽くして下の者を大切にもするでしょう。し...
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(前回の上書に続いて)同じ月のうちに、魏徴は再び文書をしたため太宗に申し上げた。「臣、魏徴は、このような話を聞いたことがあります。木を高く育てるた...
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(前文に続く、魏徴から太宗への上奏文)「わが聖哲なる唐の高祖・太宗は、隋滅亡の混乱のなかに旗を揚げて、苦しみあえぐ人民を救い、荒廃した天下を再建さ...
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貞観11年のこと。魏徴が太宗に文書を上奏して申し上げた。「臣、魏徴謹んで申し上げます。私が、古よりの数々の帝王について考察いたしましたところ、生涯を...
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↓(前文に続き)太宗は、房玄齢と魏徴それぞれの見解を聞いた後、このように述べた。「房玄齢は、その昔、朕によく従って天下の戦乱を平定した。その頃は、と...
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貞観10年のこと。太宗が、侍臣に向かい、このように問われた。「帝王の事業のなかで、創業と守成、いずれが困難であろうか」その問いかけに、尚書左僕射の房...
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(前回に続き)魏徴は、さらにこう言葉を続けた。「秦の二世皇帝である胡亥(こがい)は、その身を宮中の奥深くに隠し、身分ひくき者どもの上申は捨て置いて...
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貞観2年のこと。太宗は、諌議大夫の魏徴(ぎちょう)を呼んで、こう訊ねられた。「魏徴よ。古来、明君(名君)といい、また暗君というが、その違いはどこにあ...
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貞観の初年の頃、太宗が侍臣に向かってこう言われた。「君主としての道は、まず人民が安心して生きられるようにすることだ。もしも、重税を課すなどして人民...
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太宗も、おん自ら祭壇の前で哭し、死者への哀悼を尽くした。
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太宗は医者に「この者を治療せよ」と命じた。
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朕は今日、張公謹の死を聞いて、心の底から悲しんでいる。
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天はまさに、朕を叱責してほしい。人民に何の罪があって、ひどい困窮に遭わねばならないのか。
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朕は、そのようにはしない。今ある宮女たちを、それぞれ求めるところへ嫁がせてやろう。
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陛下。そもそも帝王たる人物は、内側に神明なる心を持ちますが、外に向けては奥ゆかしく、寡黙で、何も言わないのです。
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太宗が、学者の孔頴達に問うた。
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太宗のその言葉を受けて、側近の魏徴が、太宗にこう申し上げた。
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中国に貞観(じょうがん)という年号の時代がありました。
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貞観2年、太宗は左右に侍する臣下に向かい、こう申された。
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李白には李白の生きる術があったことは、想像してよいと思います。
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「桃源郷は、そのあと探しても見つからなかった」。それが陶淵明が心に決めていた結論でした。
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名もない漁夫が、川をさかのぼって迷い込んだのは不思議な「桃源郷」でした。
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人間の一途な思いが神仏や天地に通じた結果、そこに奇跡を起こすという骨組みがあります。
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相手のために自分の首が切られてもよい、と言えるほど厚い友情のことです。
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晏子は、愚かな身代わりを演じて、無意味な処刑をすることの非を景公に悟らせます。
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蘇武は、武帝に賜った節を持して、その忠義を貫きました。
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令和の今こそ「古典の味わい」を大切にしていただきたく、本コーナーをお届けしていきます。