「時間のとらえ方」が治癒のペースに影響することが明らかに(上)

最後に料理中に体の一部を切ったときや、ハイキング中に打撲したのはどれくらい前の出来事か覚えている方は少ないのが一般的です。その傷が気にならなくなるまで、どのくらいの時間がかかりましたか?  通常、完治にかかる時間を考えるとき、私たちは切り傷の深さや、どの臓器が影響を受けたかを考えます。

しかし、ハーバード大学のエレン・ランガー教授(professor Ellen Langer)が2023年12月に発表した研究では、治癒速度に影響すると思われるもう一つの重要な要因が見つかり、かつてのイメージが覆されました。それがカッピング療法です。

カッピング療法とは、中国や古代エジプトで何千年も前から病気や痛みなどの治療に用いられてきた、ガラス製のカップを使った治療法です。カップの縁を肌に当てると、カップの内部が真空状態になり、皮膚がカップの中に吸い込まれます。この吸引によって毛細血管が破れ、時には数時間続く血の水ぶくれができ、皮膚に赤い跡が残ることがあります。研究者たちは、この意図的に与えられた”傷”から参加者がどれだけ早く回復するかを調べるため、28分間の観察時間を設けました。

33人の参加者は、それぞれ異なる日に3回このプロセスを受けました。毎回、研究者は直径1.5インチほどのカッピング・グラスを参加者の腕に約30分置き、その後、カップを外した直後と28分後の状態をそれぞれ撮影しました。

実験の各段階で、参加者は28分間、横に小さな時計が置かれたコンピューターでテトリスをプレイしました。研究者たちは、時間感覚を操作していることを参加者に知らせていませんでした。

ある例では、コンピューターの横にある時計が通常の2倍の速さで動いたため、参加者は56分経過したと思い、違う例では、通常の半分の速さで動いたため、参加者は14分しか経過していないと思いました。

3つ目の例では、時計は操作されず、参加者は28分が経過したことを知っていました。参加者はそれぞれ、異なる時間条件を異なる方法で経験しました。

実験条件を知らない25人の審査員が、カッピング・グラスを外した直後の傷の状態の写真を見比べ、「完全に治った状態」を10として、1から10までの治癒度を評価するよう求められました。その結果、時間の違いによる違いは明らかでした。

14分しか経過していないと思った例では、ほぼ完全な治癒を示したのは5人だけで、平均治癒率は6.17でした。時間を操作しなかった例では、8人がほぼ完全に治癒し、平均治癒率は6.43でした。

56分経過したと思い込んだ例では、11人がほぼ完全な治癒度に達しました。

「傷の治癒速度は、参加者が認識した時間の長さに左右されることがわかりました」とランガー氏はインタビューで説明しました。

「私たちの結果は、時間の経過をどのようにとらえるかというような抽象的な理的概念が、身体的な健康状態に大きな影響を与えることを示唆する証拠の増加に寄与するものです」と、ランガー氏は研究の中で詳しく述べています。
 

肉体と精神の一体性

心が身体に及ぼす影響という考え方は、ランガー氏の学問的キャリアの初期から興味をそそられていたといいます。彼女が1979年に行った画期的な研究では、70代と80代の男性参加者が、1950年代に似せて設計された施設で1週間過ごしました。

壁の絵、本棚の本、テーブルの上の雑誌、そしてラジオやテレビの放送までもが、1959年の出来事に合わせて用意されていました。参加者は、20歳若い自分を想像し、それが本当であるかのように会話をするよう求められただけでなく、普段以上に自立して行動することも求められました。食事の準備はもちろん、荷物を2階の部屋まで運ぶのも、全て自分でやらなければなりませんでした。

「結果は驚くべきものでした。たった1週間で、聴力は改善し、視力は鋭くなり、記憶力と体力が向上したのです。医学的な介入なしに、目に見えて若々しくなったのです」と、ランガー氏は著書『反時計回り、マインドフルな健康と可能性の力』(2009年)に掲載された彼女の研究についてインタビューで語りました。

しかし、それとは別の予期せぬ出来事がきっかけとなり、彼女は時間の認識と実際の癒しのプロセスとの関連性を深く理解するようになりました。「私の母は乳がんでした。膵臓に転移したのですが、通常はこれで終わりと考えられています」。

若いランガー氏は、母親が気落ちしないよう、あらゆる手を尽くしました。「ある日、ガンが奇跡的に消えました。それは “自然寛解 “でした」。

「この2つの出来事がきっかけで、思考のような漠然としたものが、肉体という物理的な世界にどのような影響を与えるのか、さらに理解しようと思うようになりました」と彼女は説明しました。

この問題は、17世紀にフランスの哲学者ルネ・デカルトが「心身二元論」という概念を提唱して以来、科学者の興味をそそるものとなってきました。デカルトより何千年も前から、哲学者たちは一元論、つまり心と体の一体性を信じていました、とランガー氏は説明しました。

この考え方によれば、身体は心と体の両方を包含する一つのシステムであり、全体として変化するものです。「ふと思ったんです。人を(心と体の)2つに分けるなんて、誰が決めたんだろうって。なぜ、心と体を一つに戻し、一つとして扱わないのか。通常、重要な疑問は、”どうやって心から体へ行くのか?”ということですが、もしこの二つが一つであれば、この疑問はもはや存在しないのです」。
 

心と体をひとつに考える

心と体を一体として考えるとはどういうことだろうか?(Shutterstock)

 

私たちは肉体と精神を別々に考えることに慣れています。心と体を一体として考えるとはどういうことでしょうか?

「心と体がひとつのシステムを構成しているとき、人のいかなる変化も同時に、思考のレベルでの変化(すなわち認知の変化)と体のレベルでの変化(ホルモン、神経、および/または行動の変化)を生み出します。「心身一如」という考え方に、「心を開けば、健康をコントロールするための新たな可能性が手に入り、目に見えるものとなる」とあります。

ランガー氏の著書で発表された研究が、心身統一の概念を実証した最初のものであることが判明しました。その後、ランガー氏と彼女のチームはこれに基づく、数多くの研究を行いました。

「次の研究は2007年にホテルのメイドを対象に行われました。彼らに日常の運動量を尋ねたところ、勤務中に肉体労働をしているにもかかわらず、それを運動と認識していないことが分かりました。というのも、彼らは運動は勤務時間外に行うものだと考えていたのです。しかし、その時間になると、彼らは疲れてしまい、運動する余力がなかったのです」とランガー氏は説明しました。

「その研究では、84人の参加者を無作為に2つのグループに分けました。実験グループには、自分たちの仕事が実は身体運動と同じ効果があることを説明しました。例えば、ベッドシーツの交換はジムでの運動と同じようなものだと伝えたのです」一方、対照グループの参加者には、そのような説明は行われませんでした。

「つまり、仕事が運動だと信じているグループと、それを認識していないグループに分けたのです。1か月間の研究期間中、参加者たちは特に食生活を変えたり、仕事に特別に力を入れたりすることはありませんでした」

「それにもかかわらず、実験グループの参加者は体重が減り、血圧が下がり、BMIが改善し、ウエスト・ヒップ比も良くなったのです。これらの変化は、ただ考え方を変えただけで起こったのです」

しかし、対照群ではその変化はランダムであり、時には悪化することさえありました。

2016年以降、ランガー氏はカッピング療法を用いた新たな研究を含め、心身統一理論の特定の側面を検証する一連の研究を行っています。これらの研究は、時間の知覚が細胞内の生理学的プロセスの速度にどのように影響するかに焦点を当てました。

この分野での最初の研究は、47人の2型糖尿病患者を対象に行われました。参加者は実験前の1週間、血糖値の日常的な変動に慣れるため、1日を通じて血糖値の変化を観察するよう求められました。

参加者は一晩絶食した後、朝にラボに到着し、携帯電話や時計などの時間を確認できる物を回収されました。その後、1時間半にわたって、コンピュータの横に置かれた時計を見ながらゲームをプレイしました。研究者たちは、参加者が時計の表示時間を確実に把握できるよう、15分ごとにゲームを切り替えるよう指示しました。

3つのグループの参加者は異なる時間の経過を体験した(Shutterstock)

 

参加者は3つのグループに分けられました。1つ目のグループには、実験時間が90分であることを示す通常の時計が用意されました。2つ目のグループは、通常の2倍の速さで進む時計を見せられ、180分が経過したと信じさせられました。3つ目のグループは、通常の半分の速さで進む時計を見せられ、45分しか経過していないと思わせられました。

180分が経過したと感じた「速く時間が経った」と思ったグループの血糖値は、平均23.5ミリグラム/デシリットル(mg/dL)低下し、最も大きな変化が見られました。実際に90分が経過したグループでは平均15.1mg/dL、45分しか経過していないと感じた「ゆっくり時間が経った」と思ったグループでは平均9.8mg/dLの低下が見られ、最も少ない変化でした。

「私たちの疑問は、血糖値が実際の時間に影響されるのか、あるいは参加者が時計を見て認識した時間に影響されるのかということでした。その結果、血糖値をコントロールしているのは実際の時間ではなく、参加者の時間に対する認識であることがわかりました」とランガー氏は説明しました。

2020年に行われた追跡調査では、睡眠実験室で16人の参加者が2晩過ごしました。1晩目は8時間、2晩目は5時間の睡眠を取りました。参加者は無作為に2つのグループに分けられました。

1つ目のグループの参加者は、2晩とも8時間眠ったと信じていましたが、実際には2晩目の睡眠は5時間しかありませんでした。2つ目のグループの参加者は、2晩とも5時間しか寝ていないと考えていました。

研究の結果、実際には8時間寝ているのに、5時間しか寝ていないと思い込んだ人は、8時間寝たことを正しく認識している人よりも、認知能力が有意に低下していることがわかりました。逆に、実際には5時間しか寝ていないのに、8時間寝たと認識している人は、5時間しか寝ていないことを正しく認識している人よりも、認知能力が有意に高いことも判明しました。

「認知と行動のパフォーマンスは、実際の睡眠時間よりも、参加者がどれだけ眠ったと認識していたかによって影響されていました」とランガー氏は説明しています。

続く(下)では、ランガー氏の実際のインタビューを取り上げていきます。

 

(翻訳編集 呉安誠)