北京市、強制立ち退き住宅から女性の変死体

【大紀元日本7月3日】最近、北京市西城区において、「危改(老朽化した危険住宅の改築)」による強制立ち退きに直面した住民が、毎日少なくて数十名、多くて数百名が北京市政府前に集まって抗議している。2001年を皮切りに、北京市西城区では7,000戸余りが「危改」による強制立ち退きの対象となっており、現在は500戸余りを残すところとなっている。北京市西城区の立ち退き担当セクションもまた、住居の立ち退きに力を入れている。このため、まさに帰る家が無くなろうとしている民衆の焦燥感が高まっており、彼らは集団で北京市政府を訪れ、「深い淵に落とされようとしている私たちを助けて下さい」と大声で叫ぶ行動を取らざるを得なくなっている。

立ち退きに直面している直訴者は大きく憂いつつ記者にこう語った:「最近、私たちは時を過ごすのが辛いです。『非常な困難』というものがどんなものであるかを真に感じました。私たちは大きな苦痛を受けており、身を落ち着ける場所を失う運命に直面しているのです。北京市西城区の『危改』による強制立ち退きは最後の狂気という段階に達しています。補償条件について、代替住居の価格、面積等一切のものについて、未知数またはゼロという承諾状況の下で、私たちは、以前に強制立ち退きとなった帰る家を無くした世帯で、ある者は首吊り、自殺をしたり、近所の者や身内と殺し合いをしたりといったことを目の当たりにしています。また、更に恐ろしいことが先週の金曜日に発生しました。西城新街口胡同に住んでいた強制立ち退きの対象者で、30歳余りの女性が殺害され、その死体は撤去が半分済んだ旧家屋の中に置かれていました。直訴者は、彼女が闇の社会勢力によって殺害されたものであると疑っています。引かれた警戒ラインはまだ除去されておらず、警察はずっと現場で見張りをしています。この事件について話しをする時、皆冷や汗が出ます」。

記者は、藤訊ネットで昨日掲載された報道「平屋の立ち退きに際して女性の死体発見 この事件について更なる調査」と、直訴者の証言が一致していることに気がついた。

記者:この7,000戸余りの占有している土地の範囲はどれ位でしょうか?どれだけ退去までの猶予があるのですか?政府はこの土地を何に使うのですか?

直訴者:この7,000戸余りは、西直門内護城河から新街口地区にかけての立ち退き対象エリアに含まれており、2001年に立ち退きが開始しました。西城区政府は、房改(住宅制度改革)と危改を口実にして自分のために建物を建てているのです。公権力を利用して、まず既得利益集団である彼らがメリットを得て土地を占拠しているのです。現在、西城区老幹部活動センターのビルは6-7階まで出来上がっており、間もなく完成します。ある銀行の建物も完成しましたし、西城区法院、検察院、新街口派出所等政府機関もまたこのエリアに新しい建物を建てようとしているのです。私たち民衆はどこへ行けばよいのでしょうか?私たちの家はどこにあると言うのでしょうか?私たちの生活を改善すると言っておきながら、まず土地を占有・使用するのは彼ら自身で、私達にはレンガも瓦さえも残されていません!どこへ行けば生活が改善されるのでしょうか?私たちに与えられた補償金では公衆便所すら買うことができません。住居に到ってはなおさらのことです。私たちは戻り入居の対象ですが、住居を立ち退く際に与えられる一平方メートルあたりの補助金は悲しい程に少ないのです。民衆が住むべき家がどこにあるというのでしょうか?

記者:立ち退きが長年に渡って実施されているわけですが、対象となった民衆のための住居は建設されているのでしょうか?

直訴者:数年前に立ち退きが行われたエリアでは既に戻り入居用の建物が建てられていますが、それはどんな建物だと思いますか。現在、あの辺りの世帯は皆集団で抗議を行っており、49戸全てが直訴を行いました。彼らの住居はと言いますと、壁には亀裂が入り、中には指ほどの太さの亀裂が入ったものや、建物全体が傾斜し、あと少し傾けばイタリアのピサの斜塔のようになってしまうものもあります。しかし、それでも新築で、この2、3年の間に建てられたものなのです。しかし、半年住んだだけで亀裂が入り始めました。建物は全て手抜き工事で、高さも十分でなく、非常に低く作られ、標準と言えるほどではありません。結局、私たちはお金を払い、そのお金を取り戻しても、やはり危険住宅に住んでいるのです。

記者:この500戸は彼らの最終的な突撃目標なのですか?

直訴者:そうです。彼らの最後の狂気とも言えます。残された500戸余りが生存の危機に直面しており、私たちは我慢するにも我慢できなくなりました。最近、衝突が多くなっており、また行為も過激になっています。立ち退き担当セクションは随時やって来て整理を行っています。昨日の午後は2、30人が人民大会堂に行きましたが、結局は天安門分局(公安)に逮捕されました。午後もまた、多くの人が国家の指導者を求めて中南海に行き、住居の返還を要求しました。こうした直訴は数多く行われていますが、その多くが逮捕されて俯右街派出所に連行された経験があります。現在、帰るべき家を持たない人が数多くいるのです。

記者が夕方に電話をかけた時、相手方から警笛が鳴るのが聞こえた。直訴者が記者に伝えたところによると、男性の直訴者が当時北京市政府の入り口に跪いていたが、保安人員に取り押さえられ、一台のパトカーが到着し、4、5人の警官が下車してこの人を迅速にパトカーに乗せ、走り去っていった。その間、5分とかからなかったという。

最近、北京を訪れる外地の直訴者は増えこそすれ減少していない。北京の陳情受付窓口は満員で支障をきたすほどである。前途を失うことを余儀なくされた直訴者は錯乱しており、政府と死にもの狂いで衝突している。彼らは群れを成して人民大会堂に突入し、中南海を訪れ、一部の者は米国大使館や大使館地区で叫び声を上げ、中国政府の顔にドロを塗ろうとしているが、こうした行為から明らかなことは、彼らがもはや生死を恐れていないということである。

(記者・馮長楽)

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