北京オリンピック開会式を視聴して
【大紀元日本8月18日】8月8日は深夜までテレビに釘付けだった。空前の華やかな開会式を視聴し改めて中国のオリンピックが中国の国威高揚の国家プロジェクトであることを実感した次第である。大昔から兵馬俑や万里の長城を作った中国にしてみれば、この程度はむしろ当然なのかも知れないが、それにしても壮麗な開会式ではあった。中国人の愛国主義も絶頂を極めIOCも絶賛しているようだ。御蔭で少し睡眠不足になったが。何でも1000発ものロケットや砲弾で会場の降雨を防いだとか、花火の映像の一部がコンピュターグラフィックだったとか、愛らしい女の子の歌声が別人だったとか、56人の民族衣装を纏った可愛い子供達の過半数が実は漢族の児童だったとかの話も出てくるが世界中が驚嘆したビッグイベントであったことは誰も否定しないであろう。名実共に中国共産党の威光を世界に見せつけた政治ショーであった。競技が始まると中国の金メダルラッシュが続いているが日本の代表団も頑張っているようだ。柔道は明らかに国際スポ-ツになったようだし、フェンシングで日本人選手が銀メダルを取ったのには正直驚いた。本来のスポーツの祭典に戻ったのだろう。
古代のオリンピックに淵源があるにせよ現代のオリンピックはギリシャのオリンピックとは全く似て非なる行事である。IOCがスポーツ貴族の利権に塗れた閉鎖的サロンと化して久しいが、ロスアンジェルス以降、商業化が進みプロとアマの区別もなくなり、当日にロシヤとグルジアの紛争が起こるなど、オリンポスの神々もさぞ驚かれることであろうが、このようなハリウッド映画さながらのスペクタクルが前例となると次回のロンドンをはじめ誘致に懸命な諸都市もさぞかし開会式立案に困ることであろう。今回の北京オリンピック程、準備の段階から恐らくは閉会式に至るまで数々の話題を呼ぶオリンピックは先ずなかったのではなかろうか。インフラや施設建設のための住民の立ち退き問題等から始まり、公害対策や電力、水資源の北京への集中はもとより国際テロ組織対策というよりもむしろ自国民を対象とした恰も戒厳令下のような膨大な厳しい警備陣、各種メディアに対する情報管理の数々等 仄聞するだけでも大変なコストとエネルギーが使われているようだ。13億を優に超える国民が熱狂し「加油中国」と叫ぶのは結構な話ではあるが、今や世界経済に組み込まれ輸出依存度が高く、RMBの交換レート、株式市場の低迷、不動産市場のバブル化、医療保険を含む社会保障制度の不備、三農問題、農民工、社会の隅々にまで及ぶ貪官汚吏、公害問題、或いはチベット、新疆省での少数民族問題等何れをとっても即効策の見当たらぬ難問題が山積している現状をどのように解決していくのだろうか気になる話ではある。
中国の民は平穏を望み決して不穏な状況を望んでいるのではないだろうが、さりとて平和なデモすら禁止する強圧政治体制は最早限界に達している。民の不満を理解し真の和諧社会を望むのなら共産党独裁から民主主義、法治、信教や言論の自由化は避けて通れぬ道である。華やかな宴のあとにこそ中国共産党の真価が問われることになろう。