伏羲の位相―人と神との間
1、神としての伏羲
『太平御覧』巻七八に引く『詩含神霧』(著者不詳。前漢代の吉凶禍福や未来に関する予言の書である緯書の一つ。原書は散逸しており、清代の馬国翰編の『玉函山房輯佚書』に輯本が収録されている)に、「大きな足跡が雷沢にあった。華胥がその足跡を踏んで伏羲を生んだ」とある。雷沢は雷の神が住むところ(『山海経』海内東経に、「雷沢には雷の神があり、龍の体に人の頭」などの記述がある)であるゆえ、伏羲は当然ながら雷神の子なのである。
この説を裏付ける証拠がある。司馬貞は『史記』三皇本紀に「太暤伏羲氏は風性である」とするが、この風は雷と緊密な関係をもち、雷と同じ系列のものまたはそれの派生したものであると考えられる。そして、伏羲の別名に「庖羲」があるが、「庖羲」または「炮犠」は、犠牲を火で臭みを消して熟させること(袁珂:『中国神話伝説』上、92頁。中国民間文芸出版社、1984年9月)を意味しており、火を作る雷と関係していると思われる。
『淮南子』天文篇によると、伏羲氏は東方の雷であり、木神の句芒より補佐され、規を持って春を治める。『山海経』海内経にも、伏羲は「建木」という木を通じて、天地の間を往来する(『山海経』海内経に、「木があり、青い葉に紫色の茎で、名は建木という。百仞ほど高く、枝はない。(中略)太皞はそれを通った」とある)という。これらの記述から見れば、伏羲の属性は明らかである。つまり、伏羲は決して一般の人間ではなく、神または神の子なのである。
2、伝説の人類の始祖神
20世紀の初めに、人類学者が中国の西南地方に住む少数民族の起源に関する調査を行った結果、伏羲が人類の始祖神であるという結論を出した。その後、袁珂の『中国古代神話』や陳履生『漢代神話主神研究』などもこの観点を保持している。1942年に中国の長沙子弾庫で出土した楚帛書に対する考証(何新:『宇宙的起源・長沙楚帛書新考』巻一、「楚帛書之訳解与研究」、時事出版社、02年1月)により、この観点に新たな証拠を提供した。著名なドイツの哲学者、思想史家エルンスト・カッシーラーは、「中国は典型的な祖先崇拝の国家であり、そこでは祖先崇拝に関するあらゆる基本的な特性とあらゆる特殊の意味を研究することができる」(An Essay on Man:『人論』(1944『人間―シンボルを操るもの』)、甘陽訳、上海訳文出版社1985年12月、109頁)と指摘している。伏羲に対する崇拝はむろん典型的な祖先崇拝であると同時に、典型的な始祖神崇拝でもある。実際、このような崇拝は中国の西南地方に住む少数民族に限らず、漢民族が住む広範囲にも広がっており、きわめて普遍的な現象なのである。
3、太古時代の王
現存するもっとも古い書籍において、伏羲はたいてい上古時代の王として記述されている。その中で、『易経』繋辞伝下では、もっとも詳細に記されている。
大昔のこと、包羲氏は王として天下を治めたときには、仰いでは、「象」を天に観、伏しては法を地に観、また鳥や獣の様態と土地ごとに異なった草木 が生い立っているさまを観て、近くはこれを自分の身にひきくらべて考え、遠くは万物の上について考え、さてそこで、「八卦」を作って、神明の徳がよく行われるようにして、万物のあるべきさまを条理立てた。されば、縄を結んで網を作り、そうして人民に畋をさせたり魚を取ったりさせた。(赤塚忠訳:『書経・易経』繋辞伝下。中国古典文学大系1、平凡社昭和50年12月初版第9刷)
伏羲の中国の文明史における先王としての序列については、諸説がある。その中で、『帝王世紀』の「継天而王、為百王先」のように、伏羲が中国史上初の王という説がもっとも代表的である。『管子』軽重戊篇における先王の順位と時代は、宓戯、神農、黄帝、有虞、夏、商、殷、周であり、『戦国策』趙策第二でもほぼ同様で、宓戯、神農、黄帝、堯、舜、三王(夏、商、周)となる。むろん、伏羲を2番目の王とする書籍もあり、『荘子』繕性篇や『屍子』君治篇では、燧人、伏羲、神農、黄帝、唐(堯)、虞(舜)という順位になる。
4、漢代以降の伏羲に関する描出
漢代以降になって、雑家や小説家などによって伏羲をはじめ歴史的人物とされた人々を神格化し、彼らの超常現象すなわち神また天帝としての超能力を描き出し、または拡大するようになった(これは結局、文化・思想がある程度異化した後世的な見解にすぎず、実質的には変わっていないと筆者は考えている)と見られている。戦国時代以前の書籍に記載されている古事からは、近代以降で言われるような神話の概念や描出が見当たらず、いずれも確たる歴史の人物として登場している。
漢代以降の歴史人物の神格化について、唐の史学者劉知几のように虚構したものとして批判する態度をとる者も少なくない。しかし、神格化したと批判されている内容は、太古時代の社会や人間の真実またはそれの一側面を反映している可能性があることも否めない。
(文・孫樹林)