『九評』編集部新刊『共産主義の最終目的』

第六章(下)「憎悪」を国家の支柱とする

前章:第六章(上)「憎悪」を国家の支柱とする

 

目次

3. 中国共産党が作り出した獣の国

1)尊敬に値しない老人

2)早熟した悪賢い子ども

3)性道徳の崩壊

4)各業界の全面的な堕落

5)周期的な集団洗脳

4. 世の末の様相

1)肥溜め文化

2)歩く屍

3)終末的心理

4)済度しがたい世の人

 

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3. 中国共産党が作り出した獣の国

1)尊敬に値しない老人

孔子は「五十にして天命を知る。六十にして耳順(みみしたが)う。七十にして心の欲する所に従いて、矩(のり)を踰(こ)えず」と言った。伝統的な中国の高齢者はその智慧と経験、そして人徳により社会の中で最も尊敬される人たちだった。

清王朝の康熙(こうき)帝は暢春(ちょうしゅん)園と乾清宮で老人を招いて宴会を開いた。集まった65歳以上のモンゴル、満州、漢民族の大臣や官吏は千人以上だったと記録されている。宴会では康熙帝が老人らと杯を交わし、皇子やその息子らは傍らに立ち酒を注いだ。宴会の記念として康熙帝は即興で詩「千叟宴(せんそうえん)」を賦(ふ)し、大臣らにも詩を作らせこの出来事を記録させた。

年月が流れ、今日の中国人高齢者の行為は目を背けたくなるものばかりだ。一般市民の日常生活を妨げる「広場ダンス」や「暴走団」などの迷惑行為はもはや日常茶飯事となっている。2017年6月、洛陽の広場ダンスグループの高齢者が青年とバスケットボール場を奪い合う際、青年らに拳を上げた。碰磁(ほうじ)と呼ばれる詐欺の手法も多岐を極め、被害者は冤罪(えんざい)に悩まされている。そのため「老人が倒れても助けず、子どもが困っても保護せず」という奇妙な現象が現れている。ある老人は賠償金を得ようとわざと車にぶつかり、問いただされても反省の色すら見せず「だって年を取ったからしかたない」と反論した。「高齢になったから仕事にありつけず、詐欺行為でお金を稼ぐのだ」と屁理屈をこねた。西安ではある老人がバスに乗車したとき、若い女性が席を譲らないからと言ってその膝の上に座るという事件が起きた。さらに一部では老人グループが公共の場で買春することが報道された。

「高齢者が悪くなったのではなく、悪人が高齢になったのだ」と嘲笑する者もいるが、あながち間違いではない。中国共産党政権誕生後に生まれた数世代の人が現在高齢になったが、彼らが育ったのはまさに共産党が数々の政治運動を起こした時代だった。これらの人々は伝統文化の感化を得られないばかりか、中国共産党の階級闘争理論に洗脳され、共産邪霊により「憎悪の種」が深く埋め込まれた。彼らは文化大革命中の動乱と略奪を経験し、「紅小兵」や「紅衛兵」だった者も中にはいる。彼らのさまざまな非常識的な行為は、若かりし頃に教え込まれた中国共産党の行動様式の発露に他ならない。

 

2)早熟した悪賢い子供

中国人の子どもの多くは保護者や社会からの影響により、年齢にそぐわない早熟な現象を見せている。彼らは世の常を熟知し、非常に悪賢い。「大人になったら汚職官僚になる」とはばからず夢を語る子どももいる。

あるドラマでは汚職摘発局長の息子が体育の授業で同級生からわいろを要求される話があった。お金を払えばサッカーチームに入れてやるとの話だったが、その息子は結局補欠にすらなれず大変憤慨した、というのである。しかし彼にも独自の金儲けの手段があった。宿題を写させてほしいという友人がいれば一回につき五元徴収し、出来が悪い時は三元徴収した。幼い子どもが天真爛漫な感情を失い、「お金をもらわなければ何もしない、今はみなそうだ」という子どもにふさわしくない人生観を持つに至った。これはあくまでドラマの一部であり、中国共産党の「主旋律」を壊さないようそれらの社会問題は極めて控えめに表現されているが、現実はこれに勝るとも劣らないのだ。

ある14歳少年の歌唱パフォーマンスがネット上を騒がせ、「非常にセクシーである」と評された。しかしその淫らな「パフォーマンス」は正常な人にとって見るに堪えないほど気持ち悪いものだ。14歳の少年なら天真爛漫で、勉学と体づくりに励むべきであるにもかかわらず、まったくその体をなしていない。最も恐ろしいことは、そのような下品なパフォーマンスにも大勢のファンがいることだ。道徳水準の下落により、中国本土では小学生など未成年者によるストリップショーやヌードショーの実況放送まで出現した。ある2005年生まれとされる少女は捜査員とWeChatを通して会話し、みだらな実況放送をしたのはお金のためではなくただ「面白い」からだと話した。そのうえ、彼女はクラスの中で最も多くのファンを持っていると自慢さえした。

「木を植え育て上げるには10年かかり、人を育てるには100年かかる」という中国の諺がある。中国共産党は物欲主義を鼓吹し、社会の善良な風俗を故意に悪化させることで、おびただしい数の少年少女を悪路へと導いた。この現状をどのように改善できるというのだろうか。

 

3)性道徳の崩壊

貞操な男女関係と正常な夫婦関係は、神の規定した人間の生活様式の中でも特に重要な部分である。『中庸』にも「君子の道は夫婦に始まるが、広くは天地をも包含するほどである」とある。性道徳の崩壊は国家衰退の前兆だ。 

古代ローマ帝国の滅亡と古代都市ポンペイの壊滅も性道徳の崩壊と強く関係している。旧約聖書に登場するソドム市とゴモラ市は神によって壊滅させられたが、両都市では淫乱な風潮がはびこっていた。中国共産党による統治の最初の三十年間、社会においては禁欲主義を推進しつつ、共産党の高級官僚は淫らな生活を送り、毛沢東に弄(もてあそ)ばれた女性は千人にものぼるという。

80年代以降、中国共産党は政治面では厳格な統制を維持し続ける一方、私生活の面では意図的に民衆を欲望と堕落へと導いた。民衆を利己的で強欲な生き物に変えることにより、民衆は社会に対し興味を示さず関心を持つ能力すら失うのだと中国共産党は知っていた。そうすれば中国共産党はなりふり構わず振る舞うことができる。各階級の共産党官僚が愛人を持つのは言うに及ばず、一般民衆までが淫乱な風潮に流され、性道徳の大崩壊につながった。全国各地で風俗産業が勃興し、街には遊郭が立ち並んでいる。「マッサージ」「足洗い」「美容院」「出会い場」などがあり、種類の多さは世界でもまれに見るほどだ。統計データによると、中国の娼婦の数は2000万人にのぼり、専業娼婦も400万人に達する。中国の代表的なウェブサイトから「新華網」「人民網」といった中国共産党の公式なサイトに至るまで、性的欲望を掻き立てる情報や画像そして動画に満ち溢れ、回避するすべもない。

中国共産党官僚の淫乱な生活の腐敗度合を測るため、中国のネットユーザーたちは皮肉を込めて愛人コンテストを行った。愛人を競う競技は九項目に分かれ、官僚たちの愛人の数や愛人の学歴、学術水準、若さ、金遣いなどが競われた。中国共産党官僚の淫乱さは筆舌に尽くしがたい。

中国共産党は社会に対して極めて厳格な統制を敷いているため、淫乱なものを本気で取り締まるのであれば、今日の氾濫した状態になることはないだろう。中国人の性道徳を崩壊させることが中国共産党の政策方針であり、共産邪霊が人類を最終的に破滅させる重要な手段であるということが唯一の合理的解釈だ。

歴史学者によれば、社会の淫乱な風潮とローマ人の肉欲に溺れた生活は古代ローマ帝国滅亡の重要な原因の一つである。中国社会における欲望の放縦は古代ローマと比較して勝るとも劣らないのだ。近年では一部の大都市において離婚率は50%を超え、性の解放の直接的な結果として性病やエイズが蔓延した。中国政府の隠ぺいにより、外部が得られる情報は非常に限られている。欲望の放縦によってもたらされた多くの悪報は中国社会を蝕んでいる。

 

4)各業界の全面的な堕落

正常な社会において教師、医者そして裁判官は最も堕落してはいけない職業である、と広く言われている。教師は生徒に是非善悪の分別を教え、医者は病人を救い、裁判官は正義をもたらす。これらの職業に就く者は信条と節操が要求され、彼らの腐敗は社会の崩壊につながる。

そもそも、健全な社会を支えているのはそれらの三つの職業だけではない。一方、中国共産党はすべての社会的資源を独占し、社会全体の道徳を崩壊させた。見るものを驚かせる制度的な腐敗と政府のマフィア化により、中国共産党官僚は人類社会における奇形児となった。裁判官は法廷で「私の前で法律を語るな」と豪語し、人生の師範たるべき先生が女子学生を強姦した。客観的・中立的な研究で社会の発展と人類の幸福追求に貢献するはずの学者が、学術的肩書に対する一般人の信頼を悪用し、良心を捨て悪事を働く。生命を救うはずの医者は生きた人間から臓器を取り出し暴利をむさぼる殺人鬼となっている。

かつて「社会の良心」とまで言われてきた知識人であれば、社会の中でも比較的道徳水準は高いものだろうと想像できる。しかし学術領域は逆に腐敗と詐欺の巣窟となっている。学術界における道徳の崩壊により、中国人の技術革新の道は塞がれたに等しい。2015年、不正の疑いがあるとしてイギリスのBMC出版が撤回した43本の論文のうち、実に41本は中国人学者のものだった。2015年10月、有名な学術出版社「エルゼビア(Elsevier)」は9本の学術論文を撤回したが、それらはすべて中国のものだった。2017年4月20日、学術出版社「シュプリンガー・ネイチャー」はその発行する「Tumor Biology」誌において2012年から2016年まで発表された107本の学術論文を撤回した。これらの論文はすべて中国のものだったが、同一研究分野内における相互審査の段階において不正行為が行われた疑いがあった。これは学術界において組織的に系統立てて不正が行われていたことを意味する。

今日の中国では歴史上まれにみる「職業」まで出現している。上述の碰磁(ほうじ)と呼ばれる詐欺の手法はその中でも比較的レベルの低いやり方だ。2017年7月、中国の東北大学の卒業生・李文星が「ねずみ講」の被害に遭い、23歳の若さで亡くなった。この事件により詐欺事件および関連する暴力事件に世間の目が向けられた。電気通信詐欺や金融詐欺、誘拐した子どもの手足を不自由にして物乞いさせる残忍な手法、QRコードを活用する専業ホームレス、ATM詐欺、臓器抜き取り事件などなど、枚挙に暇がないだけでなく、世にも恐ろしいものばかりである。

 

5)周期的な集団洗脳

1989年以降、周期的に訪れる体制の危機に対応するため、中国共産党は使い古した手法を再び繰り出した。敵を作り出すことで群衆の闘争心と外国を敵視する感情を煽(あお)り立て、共産邪霊が中国人に植え付けた「憎悪」の心を利用するというものだ。1999年のコソボ紛争時に起きた中国駐セルビア大使館爆撃事件を利用した反米デモを筆頭に、2005年の反日デモ、2008年の反仏デモ、2012年の反日デモ、2017年の反韓デモといった具合である。多くの中国人青年が扇動され、中国共産党の下部組織や秘密警察に組み入れられて街頭に立った。彼らは略奪と破壊の限りを尽くし、中国人が所有する日本車や韓国車を壊し、仏資本のスーパーを囲み、ケンタッキーに殴り込んだ。

これらの青年は「愛国精神病発作」と称されている。香港メディアは、下品な言葉で罵声を浴びせるこれらの「非国民」集団を「ネット紅衛兵」と揶揄(やゆ)し、中国共産党は「操り人形の養成についに成功した」と嘲笑した。

最も荒唐無稽なのは、中国共産党がネット時代でも世論を操るために、いわゆる「ネット評論員」や「世論誘導員」を大量に育成したことだ。一つの書き込みをするごとに五毛(1人民元の半分、5角)が支給されたという言い伝えがあるため、それらの者は「五毛党」と呼ばれている。五毛党よりもさらに進んでいるのが「自五毛」で、すなわち給料をもらわず「自ら食糧を持参する五毛」のことだ。近年では盲目的に中国共産党を擁護する若いネットユーザーが現れるようになったが、彼らは「小粉紅」と呼ばれている。

これらの青年はなんと悲しいことか。中国共産党に「憎悪」を植え付けられ、大量の政治的宣伝に酔いしれた彼らは高い壁の向こう側の真実を知る由もなく、周期的な「集団洗脳」と「愛国精神病発作」に甘んじている。

 

4. 世の末の様相

1)肥溜め文化

中国共産党は伝統文化を破壊すると同時に国教化した邪教を教え込み、閉鎖的な環境で中国人を洗脳した。80年代以降、鎖国体制は解かれたものの、中国共産党は海外の主流な文化を中国人に知られたくないため、西欧や日本、香港そして台湾の良くないものを導入した。中国共産党はインターネットや衛星放送、出版物に対する検閲をすることで中国人に知られたくないものを遮断した。一方、性の解放やギャング、西側諸国の変異した生活様式等々が意図的に中国に伝えられた。それらが中国共産党の党文化と合わさり、さまざまな汚(けが)らわしい「文化」が閉鎖的な環境の中で沈殿し始めた。そのため中国共産党統治下の中国の文化的、社会的環境は掃除が行き届いていない肥溜めの如く、汚物に満たされている。この肥溜め文化は閉鎖的なものだ。原理主義的共産主義や多くの改変と混合を経て形成された党文化、中国共産党が意図的にかき集めた古代中国文化の糟粕(そうはく)、そして西側諸国の変異した生活様式などが時間の流れと共に沈殿・発酵した。この肥溜めから抜け出すのはますます困難になった。

この閉鎖的な肥溜め文化の浸食力は非常に強力だ。自ら国外の環境を体験し、もしくはさまざまな通信手段を通して真相や外国の情報を手に入れられる、限られたごく一部の中国人だけが、あまり汚染されずに済む。しかし大多数の中国人は肥溜め文化から脱することができない。生まれたときから肥溜め文化の中での生活を余儀なくされ、正常な人類社会と真の伝統文化に接することができないのだ。

そのため多くの中国人の判断力や智慧、思想や視野はこの肥溜め文化の範囲内に限られている。参考対象となる普遍的価値観と伝統文化を失った多くの中国人は、是非善悪を判断する能力と、道徳面における独立的な思考をする勇気を失った。彼らの思想や行為、価値観などはすべて肥溜め文化を基準としているため、人間の本来あるべき生活様式が存在することを知らない。彼らは国外に出ても、中国共産党の邪悪を暴露し共産党や共産党青年団そして少年先鋒隊からの離脱を呼びかけるボランティアを目の前にして、その動機を理解することができない。名誉と利益を求めず、寒さと暑さを耐え忍び、時には冷たく接せられるにもかかわらず、良心と信念だけに基づいて真相を伝える人がいることを彼らは信じることができない。

現代中国人には数々の悪い習慣があるが、その大部分は中国共産党が作り出した閉鎖的な肥溜め文化の中で反復継続的に受容したものだ。塩漬けした魚を売る店に長時間いれば臭さを感じなくなるように、肥溜め文化の中に長らく浸っているとそれが異常であると思わなくなり、かえって慣れてくるものだ。異なる社会文化があることを知る由もなく、なおさら中国共産党が作り出した肥溜め文化を打破することもできない。

 

2)歩く屍

中国共産党は小学生と中学生に対し少年先鋒隊や共産青年団への加入を強制するのみならず、共産党員に対しても加入時の宣誓を繰り返し「復習」するよう求める。つまり共産邪霊を繰り返し拝むことを強要しているのであり、彼らが人間性を失い「党の調教道具」となるまで拝ませているのだ。

共産党はあらゆる信仰を破壊したのち、共産主義を一つの信仰として中国人に強制した。しかし共産主義は一種の邪教であり、改革開放が進むにつれ一般党員から共産党指導者に至るまで共産主義を信じる者はいなくなった。伝統的な信仰は壊滅させられ、共産主義の仮面も暴かれたとき、さまざまな思想が隙をついて侵入し、中国人の心を乗っ取ってしまった。

中国共産党は政策と法律を振りかざし、人間のこころに残存するわずかな善良な心を打ちのめした。老人と子どもを助け、募金に参加し、正義のために勇敢な行いをしようにも、ゆすりたかりや詐欺を恐れ、見て見ぬふりをせざるを得ない。結果的に、多くの現代中国人は神の性質を失っただけではなく、人間性をも失ってしまった。

人間は物質的な欲求のほか、精神面における欲求もある。どのような人であれ、この世界に生きている限り、生きる意味を探求したり生死といった究極の問いを発したりする。自由主義社会に生きている人にとって、宗教や信仰を持たないとしても「自由」や「正義」といった正常な世俗的価値観を追い求めることにより精神的欲求を部分的に満たすことができる。しかし伝統が断絶し高圧的な統治が行われている社会において、人々の目に映るのは偽りと虚しさ、そしてはびこる悪であり、退廃的で堕落した物事にしか精神的欲求を追い求めることができない。そのため多くの者は人間の形をした張りぼてとなり、人間が備えるべき思想や倫理道徳を具備していない。このような者は「歩く屍」というほかないのだ。

これは「発展途上だから生じる問題」ではなく、「さらなる進歩によって解決」できるものでもない。これは共産邪霊が人類を滅亡させる陰謀の一部分にすぎない。

 

3)終末的心理

希望と神に対する信仰を失い、善良や公平に対する希望と追求を失った民族は、破滅に向かっている民族である。現代中国の社会全体が邪悪なものを崇拝し、正しい物事を排斥している。数人が世間話をしていても、嘲笑され攻撃されるのを恐れるあまり神を信じていると言うことができない。

信仰を失った中国人は狂気に取り付かれたかのように金銭を崇拝し始め、物欲崇拝が新たな宗教となった。何千何万もの少年少女が崇拝するアイドルは「男神」「女神」と呼ばれている。「スーパースター」の公演では「ファン」が自我を忘れるほど熱狂する。一部の歌手や俳優は道徳性が皆無であるにもかかわらず、神のように崇拝されている。有名人を追いかけるため金銭を湯水の如く浪費する若者もいる。人々が自ら崇拝するアイドルを「神」だと呼称するとき、「神がやって来た」と彼らに告げたら、彼らはどのような反応をするのだろうか。

金銭と物質的欲求を追い求めるほか、多くの人は驚くほど堕落し、退廃的で反逆的になった。彼らはアルコールに依存し、麻薬と賭博に手を染め、淫らな性生活を送っている。オンラインゲームやソーシャルメディアに明け暮れ、霊異小説やホラー作品を読み漁(あさ)っている。そして頭が混乱し、狂気と混乱で心の穴を埋めようとする。

中国共産党上層部も破滅的な終末的心理を持っている。中国共産党国防大学防務学院の院長朱成虎はかつて次のような発言をした。「アメリカがもし台湾海峡の戦争に介入すれば、中国共産党側は先に核兵器を使用し、アメリカの数百の都市を焼野原にするだろう。たとえ中国の西安より東の地域が全滅しても惜しむに足らない」。さらに、「中国共産党は核戦力を蓄え、人類の半分を殺害すべきだ」という朱成虎の発言も明らかになった。当然ながら、中国共産党官僚が「惜しまない」のは中国の平民の生命である。もし核戦争が勃発すれば、中国共産党の官僚らは自らのために用意した防空壕に逃げ込むことができるのだ。

終末的心理が社会全体を覆い、生命を極度に軽視する風潮ができた。それには朱成虎のように他人の生命を軽視するものも含まれるほか、自らの生命を軽視する者も多くいる。「今日やり過ごせるならそれでいい」、「後先考えず現在楽しめればよい」、「気が向いたら享楽する」、「心行くまで堪能したら死んでもよい」といった考え方が蔓延し、終末を迎えたかのような絶望的な心理状態のもと歯止めなく享楽のみを追求する。2017年11月末に暴露された北京の某幼稚園で発生したおぞましい児童虐待事件も、この変態的心理の現れである。

 

4)済度しがたい世の人

現代の多くの中国人は中国伝統文化について全く無知であり、中国共産党の歴史についても全くの無知である。彼らは教養がなく、歴史を知らず、道徳も意に介さない。是非善悪の区別がつかず、神の存在を信じず、頭の中には金銭、権力そして欲望しかない。彼らと神について話しても、まったく聞く耳を持たないだろう。神の使者が善良な言葉で彼らを呼び覚まそうとしても、彼らは信じないだろう。

神は人間を作り、人間として生きる基準を作った。もしこの基準から外れたのであれば、神にとってそれは人の形をした歩く屍と相違はなく、人間と称することができない。共産邪霊はまさに人間を壊滅させるために行動している。現代中国人の多くは邪悪な中国共産党によって捻じ曲げられ、人間と大きくかけ離れている。神はこのような者を人間と認めはしないだろう。神の加護がなければ人間はますます堕落し、救いようがなくなった時には破滅が待っている。

これは極めて危険である!

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共産邪霊は「憎悪」によって構成され、長きに渡る統治の過程において、中国人の体内に一層の「憎悪」の物質を注入した。「憎悪」からは暴力と殺戮(さつりく)、そしてさまざまな暴虐な感情が生み出される。良知と人間性の回復によってのみ、「憎悪」の物質を取り除くことができる。

全人類を壊滅させるため、共産党は中華伝統文化を破壊し、人間を非人間的なものに変え、かつて文明が栄えた国家を跡形もなく変異させてしまった。

神は人間に対し慈悲心を持っている。生命は麗しい天国世界から地上に降り立ったのであり、神は彼らがこのように壊滅してほしくない。そのため、神は絶えず慈悲なる呼びかけを行っている。時勢の変化を汲み取り、神の慈悲を体感して初めて、救われる希望を見出せるのだ。

中国共産党を解体し、人間世界における共産主義のあらゆる存在型式を除去し、伝統に回帰し、心の奥にある善良な一念を持ち続けることによってはじめて、生命は希望を見出すことができる。

 

つづき:『共産主義の最終目的』終わりに

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100年前、世界初の共産党政権ソビエト共産党が誕生した。わずか一世紀のうち、共産主義による犠牲者は1億人にのぼるとされている。共産党はその誕生の時から、救世主の存在を否定し、旧世界を打ち砕き、神から人類に対する主導権を奪い取り、人類を支配しようとする姿勢を鮮明にしてきた。
共産党が国民を絶え間ない「政治運動」に駆り立てるのは、中華伝統文明を徹底的に壊滅させるためであり、道徳が崩壊の危機に瀕したときに人が救われる一切の可能性を断絶するためである。世の人が伝統文化とそれに裏付けられた道徳規範を失ったとき、人は神および神が伝える法を理解できず、救い済度される最後の機縁を失うこととなる。
世の人は邪霊の支配を振り切り、邪霊の陰謀を打ち砕く機会があるのだろうか?もちろんある。それはつまり、自ら道徳を取り戻し、貪欲に駆られ目前の繁栄に誘惑されず方向を見失うことがないようにしなければならない。
社会全体の道徳がよみがえり、心が浄化され、伝統を回復させ、そして神の民として再建され、このようにしてはじめて人類は劫難から逃れることができる。終焉(しゅうえん)はすでにそこまで迫ってきている。人類は猛省すべきである。
共産党の歴史は殺人の歴史であり、殺戮を推奨しなければ、無神論を中国の隅々まで広めることができなかった。神から伝わった文化を破壊し、中華民族を畏敬の念のない民族にすることもできなかった。