2020年4月7日、ホワイトハウスで記者会見に出席したトランプ米大統領(MANDEL NGAN/AFP via Getty Images)
評論

米中通商協議の第1段階合意、頓挫の可能性も

最近、米中関係をめぐる様々な事象から、米中通商協議の第1段階経済・貿易協定が水泡に帰す可能性が大きくなった。トランプ米大統領は5月8日、フォックスニュースの取材に対して、中国当局が合意を履行しているかに疑問を呈し、協定を打ち切るべきかについて「非常に悩んでいる」と明らかにした。

筆者はこのほど、米ボイス・オブ・アメリカ(VOA)のインタビューを受けた。その際、米中双方が第1段階合意を履行するには、少なくとも3つの課題があると指摘した。さらに、今後半年内で、米中経済や世界経済の低迷、中共ウイルス新型コロナウイルス)のパンデミックなども含めて、米中間の経済・貿易関係が全面的に悪化する可能性が増大すると考える。

「第1段階」合意に少なくとも3つの課題がある。

まず、何と言っても武漢で発生した中共肺炎(新型コロナウイルス感染症)があげられる。この感染病が発生してからの3カ月において、中国当局による情報隠ぺいと偽情報の流布で、国際社会は感染拡大防止のタイミングを逃した。

一方、中国当局は、感染防止の初動対応が遅れただけではなく、1月に海外でマスクなどの医療物資を買い占めた。海外で感染が拡大してから、中国当局はマスク外交を展開し、「世界の救世主」を演出し政治的な利益を得ようとした。また、ウイルスの発生源などについて調査を求める米高官に対して、中国当局は国営メディアを通して罵声を浴びせ、中傷を繰り返した。

こうした言動をトランプ大統領は重ねて批判し、「習近平主席と話もしたくない」と中国に対する不信感をあらわにした。トランプ大統領が第1段階合意について「非常に悩んでいる」と口にしたのはそのためだろう。合意を履行するための米中間の政治的な意欲、政治的な信頼感、原動力が大きく後退したと言えよう。

2つ目は、感染のまん延で中国経済も大打撃を受けたという課題だ。中国は、世界各国からの受注と輸出の激減、失業者の急増、外貨準備高の減少に直面しており、米国の農産品やエネルギーの購入拡大において、この約束を果たせなくなっている。輸出拡大による外貨獲得ができない今、中国当局の購買力は低下している。

3つ目は、国際エネルギー市場に関わる。この2カ月において、国際原油価格は、サウジアラビアとロシアの低価格競争によって急落した。4月下旬、米ニューヨーク市場では、原油の先物価格は史上初のマイナスとなった。中共ウイルスの影響で、中国や各国が経済活動を一時停止した結果、エネルギーへの需要が大幅に低迷している。各国の原油の貯蔵場所が不足しているため、原油を積んだ大型タンカーが海上を漂流するという事態になっている。中国が米国のエネルギー製品を購入しようとしても、その規模は事前約束した水準を下回ると推測する。

つまり、米中両国の政治関係、中国当局の外貨水準と購買力、国際エネルギー市場における大きな変化を総合的に見れば、中国当局が合意をしっかりと実行したいと考えていても、その能力はもはや及ばなくなっているのが明白だ。

米VOAの記者から、米中の第2段階通商交渉や、中国が合意を順守できない場合の、米中貿易戦の再開の可能性について質問を受けた。筆者は、米中の経済・貿易関係の先行きについて、全面的に悪化する可能性が大きいと答えた。第1段階合意の履行がすでに危うくなっている。われわれは今後、新たな米中貿易戦争ではなく、米国による全面的な対中貿易制裁を目にするだろう。

トランプ政権は、第1段階合意の失敗を受けて、すべての中国製品に対して制裁関税を課するという当初の主張に戻る可能性が高い。米政府は、5500億ドル相当のすべての中国製品に45%、あるいは100%の追加関税を課するだろう。これが現実となれば、米中貿易関係が停滞し、米中経済も完全に切り離されることになる。

中国メディアは最近、中国当局内部の対米強硬派は、この機会に「米中貿易協議をもう一回仕切り直す」と望んでいると報じた。強硬派は、「そもそも『第1段階』の協定は中国にとって不利である」と主張している。

しかし、このような報道は、権力闘争に熱中している指導部内の反習近平派閥の声にすぎない。トランプ大統領は5月11日、中国側に第1段階通商合意の再交渉を求める声が上がっていると記者団から質問を受け、「全く受け入れられない」「(再交渉に)関心がない」と述べた。

実に、中国当局には米側に合意内容の見直しを求めるチャンスがあった。2月初め、トランプ大統領は、習近平主席と電話会談を行った後、中国当局がウイルスを克服できることを確信していると述べた。また、両首脳は第1段階合意の履行へのコミットメントを再確認したという。

これは、明らかにトランプ大統領が、中国当局が合意内容の見直しを要求するのかどうかを探っている。第1段階の通商協定には、「自然災害や予見不可能な事象」で履行が遅れた場合、米中双方が互いに協議するとの規定があるからだ。

しかし、当時中国当局はメンツを保ち、共産党政権を守ることに神経を集中させていた。「感染拡大は抑制できる」「早期に生産の再開も可能だ」と国内外に宣伝し、合意見直しの意思を米側に示さなかった。

トランプ大統領は5月6日、中国当局が第1段階通商合意を履行しない可能性があると指摘し、「中国が順守するかしないかが、じきにわかるだろう」と今後1~2週間内に報告を発表するとした。

報告は、メンツや体面を保つことを最優先にする中国共産党当局にとって悪い内容になりそうだ。

(文・謝田、翻訳編集・張哲)

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