かけがいのないものとは
砂漠を越えた時
遠く離れた土地で長年商売をしていた人がいた。多く稼いだ彼は、そろそろ故郷に帰ろうと考えた。
家に帰るには、とても危険な砂漠を通らなければならい。彼は金貨を荷物として残し、水と食料を減らして荷物を軽くし、速く砂漠を抜け出ようと考えた。
ところが、いざ砂漠に入ると、持っていたわずかな水と食料はすぐに尽きてしまった。金貨だけを背負ったが、思うように進めなくなり、水や食料を減らしたことを後悔した。それでも、絶えず自分を励ましながら、喉の渇きと空腹に耐えて歩き続けた。
我慢も限界に近づいてきた頃、ラクダの鈴の音が聞こえた。列をなした商人たちだ。ラクダが運んでいる水を少し分けてほしいと彼が頼むと、商人は水に高い値段を付けた。砂漠では、水はとても貴重なのだ。彼は考え込んだ。今ここで水を買えば、砂漠を越えることはさほど難しくないだろう。しかし、長年かけて貯めてきた金貨を手放すのは惜しかった。「結構です。 水がなくても、喉の渇きさえ我慢すればこの砂漠から出られるから」と言うと、彼は荷物を背負い直して再び歩き始めた。それを聞いた商人たちは口々に、 「守銭奴だな。まだ長い道のりが残っているのに水なしで生きて帰れると思うなよ」と嘲り笑った。しかし、彼は聴く耳を持たずに歩き続けた。
彼の喉の渇きは一層ひどくなり、めまいがして、力が入らなくなったが、歩くことをやめなかった。それから2日が経ち、彼の体力は限界に達し、倒れる寸前だった。すると、どこからか再び鈴の音が聞こえてきた。別の商人たちだった。彼がまた水を求めると、なんと2日前の商人よりも高値で売りつけてきた。わずかな一袋の水を買うために、持っている金貨の半分以上を使わなくてはならないのかと、彼は驚きと共に腹を立てた。彼はまたしても水をあきらめ、歩き始めた。
後ろから商人たちが、声をかけた。「おい!水がなくては生きて帰れないぞ!水を買えば金貨が減って荷物も軽くなるから一石二鳥じゃないか。あんたはいったい、金と命、どちらが大切なんだ?」彼は何も言わず、ただ一心に歩き続けた。
さらに2日後、彼は奇跡的に砂漠の出口にまでたどり着いた。遠くには村の炊煙も見える。しかしこのとき、彼はもうすでに一歩も前に進めないほど衰弱していた。そしてそのまま、その場に倒れ込んだ。
彼は意識が遠のく中で、死を目前にしていることを知った。「私は本当に愚かだった。もっとはやくに金貨を手放してしまえば、今頃こうなることもなかっただろう」。彼は、ついに帰らぬ人となった。
人生は決して平たんではない。砂漠のような道程を進む時、何かを犠牲にしなければならない時がある。財産がなくなってもまた稼げるが、命は一つしかない。一度失ってしまえば取り戻すことはできない。大切なものを守るために、何かを手放さなければならない時もあるのだ。
(翻訳編集・海花)
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