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【漢詩の楽しみ】遊泰山(泰山に遊ぶ)

 四月上泰山、石平御道開、六竜過万壑、澗谷随縈廻、馬跡繞碧峰、于今満青苔、飛流灑絶巘、水急松声哀、北眺崿嶂奇、傾崖向東摧、洞門閉石扉、地底興雲雷、登高望蓬瀛、想像金籙台、天門一長嘯、万里清風来、玉女四五人、飄颻下九垓、含笑引素手、遺我流霞盃、稽首再拝之、自媿非仙才、曠然小宇宙、棄世何悠哉

 四月、泰山(たいざん)に上る。石平らかにして御道(ぎょどう)開く。六竜(りくりょう)万壑(ばんがく)を過ぎ、澗谷(かんこく)随って縈廻(えいかい)す。馬跡(ばせき)碧峰(へきほう)を繞(めぐ)り、今に于(おい)て青苔(せいたい)満つ。

 飛流、絶巘(ぜっけん)に灑(そそ)ぎ、水急にして松声(しょうせい)哀し。北眺(ほくちょう)すれば崿嶂(がくしょう)奇なり。傾崖(けいがい)東に向かいて摧(くだ)く。洞門(どうもん)石扇(せきせん)を閉じ、地底(ちてい)雲雷(うんらい)を興す。

 登高して蓬瀛(ほうえい)を望み、想像す金籙台(きんろくだい)。天門(てんもん)一たび長嘯(ちょうしょう)すれば、万里(ばんり)清風来たる。

 玉女(ぎょくじょ)四五人、飄颻(ひょうよう)として九垓(きゅうがい)より下る。笑みを含んで素手(そしゅ)を引(の)べ、我に流霞(りゅうか)の盃(さかずき)を遺(おく)る。稽首(けいしゅ)して之(これ)を再拝し、自(みずから)仙才(せんさい)に非ざるを媿(は)ず。曠然(こうぜん)として宇宙を小とし、世を棄つるは何ぞ悠(ゆう)なるかな。

 詩に云う。四月、私は泰山に登った。昔、歴代の天子が登るために開かれた登山道の敷石は平らかだった。天子の乗った六龍(6頭だての馬車)が多くの谷を過ぎれば、谷下の川もそれに従ってめぐり回ったことだろう。馬の蹄の跡は、碧(みどり)の峰をめぐって、今も青苔の間に残っている。

 滝は、高い峰から降りそそぐので、水の勢いは激しい。松風の音も、どこか悲しげである。北のほうを眺めると、そそり立つ山が奇怪な形にそびえており、傾斜のきつい断崖は、東に向かって崩れかかっている。洞窟の門があった。そこは石の扉で閉ざされていて、中には、地底から雲が湧き、雷が打つような音が響いていた。

 いよいよ泰山の高みに登った。蓬莱(ほうらい)や瀛洲(えいしゅう)といった渤海のなかにある霊峰を眺め、金籙台(道教の秘籍がある場所)を想像する。泰山の頂上付近にある朝天門(ちょうてんもん)に向かって長嘯(長嘯は長く息をひく道教独特の呼吸法。ただし、ここでは泰山の山頂に至った李白の、心からの感嘆を指すと見られる)したところ、万里の彼方から清らかな風が吹いてきた。

 すると、玉のように美しい仙女が四、五人ひらひらと天上から舞い降りてくる。笑顔で白い手を差し伸べると、私に、仙人が飲むという流霞(不老長寿の効がある)の盃を贈ってくれた。頭を地につけ、再拝して頂いたが、我ながら仙人になれる素質に欠けることを恥じないわけにはいかない。しかし、心を大きくして考えれば、広大な宇宙だって小さいとも思える。こうして俗世を棄てるとは、なんと悠然たるものであろうか。

 李白(701~762)が泰山に登ったときの作。唐の天宝元年であるから742年の4月。李白42歳であった。泰山の標高は1500メートルほどだが、山麓部から徒歩でその高さの全てを登るので、壮年とはいえ、もう若くはない李白にとって、山頂に至ったときの感慨はひとしおのものがあっただろう。

 山東省泰安市にある泰山は、かつて中国皇帝にとって最重要の儀式である「封禅」が行われた場所で、また道教の聖地である五岳の一つでもある。

 今回の「漢詩の楽しみ」は、詩の鑑賞というよりも、中国人にとって「泰山に登る」ということが特別な「一大事業」であることを、読者各位に想像していただければ幸いに思う。メッカを目指すイスラム教徒のような、といっては語弊があるかもしれないが、とにかく「中国人にとって、生涯一度でも、登りたいのが泰山。見たいのが万里の長城」だと、当の中国人から以前聞いたことがある。

 李白も、そうだったに違いない。ただ、泰山に登るのではなく「泰山に遊ぶ」としたところは、さすが詩仙・李白だなと思われる。

(聡)

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