(Photo by Archive Photos/Getty Images)

チベットの光 (37) 絶望

辛い気持ちで、ほとんど這うようにして仏堂を出たウェンシーの絶望感は、筆舌に尽くしがたいものだった。部屋の中で大声で泣きわめき、絶えず心の中で思った。「ここにいても苦しみに苦しみを重ねるだけだ。法を得られなければ、生きることに何の意義があろうか?自殺したも同然だ!」

 彼はこのように思い、考えれば考えるほど心が痛んだ。せめてもの慰めは、彼が泣き暮らしたその晩、師母が一晩中付き添ってくれたことだった。

 次の日の早朝、師父は人を遣わしてウェンシーを呼んだ。ウェンシーは灌頂を受けられるのではないかと思い込み、師父の元へと急いだ。

 「おまえは昨日灌頂を受けられなかったが、わしに対してよくない思いをもたげているのではないか?」

 「ありません。師父に対する信心は少しも動揺しません」と彼は泣きながら答えた。「私は罪業が重く、灌頂を受ける資格などなく、心が痛むばかりで…」。 師父はその有様を見て怒鳴った。「お前何を泣いているのじゃ。そんな状態なら、ここから出て行け!」

 ウェンシーはその場を立ち去った後、まるで気が狂ったかのようになり、山の中に走りこむと、大きな石の上にどすんと腰を下ろし、苦痛に満ちて頭を掻きむしった。そうしているうちにだんだんと心は静まってきた。しかし、頭の中では絶えず種々の思いが去来し、考えれば考えるほど苦しく、頭の中は雑念で一杯になった。「なぜ?なぜなんだ?」彼はたえず自問していた。なぜ、誅法を求めた時は、全てを得ることができたのに、正法を求めると、何も得ることができないのだろうか。

 苦しみぬいても答えは得られず、頭の中は堂々巡りであった。「お金がなくては、法は得られない。法が得られなければ、この身のままで何をしようというのか?業に業を重ねるだけ…供養できないのなら、他の所に行っても無駄だ。ではどうすればいいのか」。彼は半日考えたが、このような考えでは、いい結論も浮かばなかった。師父のところに法を求めにきたのに、却っていろいろなことばかり起こった。供養できなければ、永遠に師父は灌頂をしてはくれない…まず銭を稼ぐことが先決だ。話はそれからと考えた。

 ウェンシーはこうして、この場を離れることにした。前回では、師父のツァンバをもっていこうとして罵られたから、今度は食料を持たず、自分のものだけもって行くことにした。

 師母はウェンシーが去ったのを知ると、さっそく師父に報告した。「先生、あなたが仇のように憎んでいた人はもうここにはいませんよ。うれしいですか?」

 「誰のことをいっているのじゃ?」と師父は問うた。

 「誰のことか、ご存じないんですか?あなたが仇のように憎んで、苦しみを負わせ、絶えず罵り続けていた、あの怪力君ですよ!」

 「なに!?」師父はさっと顔面蒼白になると、涙をはらはらと流し、合掌すると祈りを捧げた。「歴代の師父、および空行の護法よ!どうか善根のあるわが弟子を護り、ここに戻してください!」そういうなり黙として何も語らなかった。 

 (続く)

 

(翻訳編集・武蔵)

関連記事
世界中の美しいカフェ10選を巡る旅へ。歴史と芸術、文化が交錯する特別な空間で、至福の一杯を味わいませんか?
吉祥寺マルイにて、台湾が誇る漢方食材や東洋の叡智を感じられる商品を販売します。さらに、台湾ならではの味を楽しめ […]
インドの若きモデルマネージャーが語る、ファッション業界で輝き続ける秘訣。「真・善・忍」の実践がもたらす内面の美と成功への道とは?
リンゴには健康をサポートする多彩な効能が詰まっています。日々の健康を手軽にサポートするリンゴの驚くべきパワーとは?美味しくて栄養満点、毎日の食事に取り入れたいリンゴの魅力をご紹介します。
日本料理の「五味五色」が生む健康の秘密。陰陽五行に基づく養生観が、日本人の長寿とバランスの取れた食文化を支えています。