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農科学もうひとつの道 完全自然農法

11. 子供の知性と運動能力~農場で得られる効果

日本の子供たちの運動能力に異変が起きている。前向きに転んだとき、とっさに手を出して支えることができず、顔をけがしてしまう子供が増えている。そんなニュースが伝えられたのは20年以上も前の話だ。スポーツ庁の調査(2019年度)によると、いまの子供たちは30年前に比べて運動能力が落ちていることがデータで分かり、とくに外遊びをしていない子供ほど、その傾向が強いことも分かった。

さらに気にかかるのは、知的能力についても低下していることがうかがえることだ。2016年に文部科学省が発表した資料によると、海外の子供と学習意欲について比較調査したところ、たとえば中学2年生を対象にした「数学・理科の学習は楽しい」という設問に対し、「そう思う」という肯定的な回答の割合は、数学の国際平均が71%、日本が48%で、理科の国際平均が80%、日本が63%といずれも日本が低かった。ほかに「数学・理科を勉強すると日常生活に役立つ」、「将来望む仕事に就くために良い成績が必要」などの設問に対しても、すべての項目で肯定的に答えた割合が、日本の子供たちのほうが低い結果になった。

学力が昔に比べて高いか低いかを示すデータはないものの、それ以前に海外の子供たちに比べて学習意欲が低いという調査結果は、運動能力の低下も合わせて、日本の子供たちは未来に希望が持てていないという実態を浮き彫りにしているように見える。この状況を変えるために、私たち大人は何をすべきなのか。

運動能力面にしろ、学力面にしろ、これまでも各分野の専門家が対応策を提案しているようだが、一方で不登校やいじめ、自殺のニュースは後を絶たない。いま、将来の食料確保のために自然農法の研究を続けているが、それと同じぐらい、子供たちの未来が気にかかる。そこで、研究の場であるハル(Halu)農園を使って、今年3月から子育てサロン事業を始めた。

畑で見つけた子ウサギ(ハル農園にて)

この事業は、子供の発達相談を仕事にしている妻が以前から提案していたもので、趣旨に賛同した筆者は農場のなかに親子が楽しめる区画を作った。妻は20年以上、病院での乳児検診や、児童相談所での発達相談などを経験してきており、いまは親子への個別相談だけでなく、保育園・幼稚園の巡回相談、保健師ら専門職への研修など、いわゆる「支援者」向けの指導も担っている。ところが、いまの子育ての支援体制は不十分で、とくに前回のコラムで書いたような「自然とのつながり」が子育て支援の重要なポイントになるという考えを持っている。

そこで、ゼロ歳~就学前の子供を持つ親子を対象にして、農場での活動と、最新の発達心理学の知識を共有して、子育てに役立ててもらうことにした。豊かな自然環境や農場を活用して子育てをする施設や活動は、すでに全国に事例がたくさんある。しかし、完全自然農法という自然環境は初めての試みだろう。その違いを簡単にまとめると以下のようになる。

1    森林のような人間を含まない自然の生態系ではなく、人間を含めた生態系である。

2    肥料などを投入する農場でなく、完全な自然状態で食べ物ができる農場である。

つまり、農場でありながら、完全な自然状態を維持している空間であることが、この企画の特徴だ。この農場に来る幼子たちは、起伏のある地面をハイハイしたり、歩いたりしているうちに体幹の筋肉が鍛えられ、数えきれない種類の昆虫、カエル、トカゲ、キジやウサギを見て目を輝かせ、追いかける。喉が乾けば、そのへんに生えている野菜を好きなだけ食べながら、いつの間にか、起伏のある畑を自在に走りまわるようになる。

イチゴを摘んで舌鼓(ハル農園にて)

汗が出るようになって体温調節ができるようになる。市販のトマトは食べないが、ここのトマトは食べる。言葉が急に多くなる。こうした子供たちの変化に親は驚かされるのだが、おそらくこれが本来の育ち方なのではないか。

 

子育てサロンに通う子供たちの変化は、筆者の目から見ても明らかなのだが、生まれたときからこの畑に通っている7人の孫たちの育ちはどうなのだろうか。5歳になったばかりの孫娘を筆頭に、3歳が2人、2歳が1人、1歳が3人。これまで保育園・幼稚園の巡回相談で延べにすると数千人の子供たちを観察してきた妻の話では、同年代に比べてどの子も運動面や知能の発達度合いが1年以上早いと感じるという。このことは、畑に来る子供たち全員に共通することのようだ。

運動能力については、小さいうちに全身のさまざまな筋肉、つまりインナーマッスルを鍛えることで、成長したときに高い運動能力を発揮することができると言われている。また、さまざまな筋肉、手指を動かすことは脳の発達も促すことは、科学的に明らかにされてきたようだ。加えて、たくさんの生き物と接し、安心して食べられる野菜で満たされている「場」が、各地に増えていくことを心から願っている。

つづく

執筆者:横内 猛



自然農法家、ジャーナリスト。1986年慶応大学経済学部卒業。読売新聞記者を経て、1998年フリージャーナリストに。さまざまな社会問題の中心に食と農の歪みがあると考え、2007年農業技術研究所歩屋(あゆみや)を設立、2011年から千葉県にて本格的な自然農法の研究を始める。肥料、農薬をまったく使わない完全自然農法の技術を考案し、2015年日本で初めての農法特許を取得(特許第5770897号)。ハル農法と名付け、実用化と普及に取り組んでいる。

※寄稿文は執筆者の見解を示すものです。

※無断転載を固く禁じます。
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