ソライロ / PIXTA

心と体の健康は「許し」から生まれる

菊池寛の小説『恩讐の彼方に』のなかに、大分県の耶馬渓(やばけい)にある交通の難所「青の洞門」を独力で開削しようとする仏僧・了海と、それを父の仇として命を狙う実之助の逸話があります。

日本人が思う「究極の許し」

了海は、俗人であったとき、確かに実之助の父を殺害した犯人だったのです。しかし、「洞門を完通させるまで、この命を預けておいてほしい」と願い、実之助とともに岩盤に向かって槌を振ります。そして洞門は完成。潔く討たれる覚悟の了海を、実之助は涙を流して許し、自身が燃焼し続けてきた全ての復讐心を捨てるのです。

史実に基づく小説のなかで、実は、この仇討ち話は菊池寛の創作なのですが、日本人の意識のなかにある「許す」という行為を具象化した作品として、現代の私たちが、再評価して良いように思います。

寛恕(かんじょ)という漢語があります。広い心をもって他者の誤ちを許し、その罪をとがめないことを言います。

あなたは、他人の心ない言動によって、自分の心が深く傷つけられたことはありませんか?

傷つけられた後、怒りにまかせて相手を罵ったり、暴力で報復したりしたら、それはあなたに一時の快感をもたらすかもしれません。しかし、その「怒り」の感情は、あとで必ず大きな代償となって、あなたの心と体に多くの害をもたらすのです。

直接報復しなかったとしても、心のなかで激しく恨み、相手を呪い続けていたら、その結果は同じです。あなた自身が苦しみ、きっと後悔します。

寛恕の心をもてない人は、他人の誤ちを許すことができません。

「許すこと」の健康効果

人間は、残念ながら完成されたものではありませんので、誰しも、誤ちを犯すことがあります。あなたも、どこかで、別の人を傷つけているかも知れないのです。

キリスト教圏においても「赦し(ゆるし)」という行為は、神の愛とともに最も重要な教義とされています。

メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)は、米ミネソタ州ロチェスター市に本部を置く総合病院で、毎年「全米で最も優れた病院」の一つに挙げられています。そのメイヨー・クリニックの発行物のなかに、こんな興味深い記事がありました。

「恨みを捨てて、相手を許す行為は、自分の体に多くの利益をもたらす」

具体的に、どんな「利益」でしょうか。以下に列挙します

血圧を下げる。心臓の健康を増進する。自尊心を高める。メンタルヘルスの改善。不安、ストレス、および敵意の軽減。健康な人間関係をもたらす。抑うつ症状の減少。より強力な免疫システムを得られる、等々。

そのほかにも、「許し」は心臓血管の健康や、免疫システムに関係するすべての機能に「プラスの影響がある」ということが分かっています。

「怒りっぽい人」は自分の体が危険

寛容の特質をもつ人は、血圧が比較的安定しており、冠状動脈、頸動脈、脳部の血管などの血管にも硬化狭窄が生じにくいため、血液の循環も比較的順調です。

逆に、怒りっぽく、自分の考えにこだわりが強い人は、血圧が上昇しやすいばかりか、動脈が硬化しやすくなり、心血管疾患のリスクが高まるのです。

つまり、寛容の状態は、心臓血管の健康に良いということです。

また、「許し」は、自身の不安や抑うつを緩和することができます。

2017年に、トルコの専門誌『宗教と健康』に発表された研究では、「高いレベルの寛容は、うつ病の軽減に関連する」と言及しています。

他人を許すことができない人は、最後に自分の気持ちを乱してしまいます。それは、自律神経を失調させ、睡眠と情緒の安定に影響を与え、不眠や焦燥感をもたらすと言います。逆に、他人を大目に見て、許すことのできる人は、睡眠の質も良いのです。

「許し」はストレスホルモンを減らす

ある新婚夫婦がいました。

妻は、この夫と結婚して初めて、夫の歯ブラシや歯磨き粉の扱い方や、洗濯物の置き場所などが、妻の指定した通りにしてくれないなど、様々な「問題」があることに気づきました。

それで妻は、夫にいつも腹を立てていました。結婚前に、自分の夫になる人が、このような欠点を持っていることを、全く知らなかったと文句を言うのです。

妻は、子供をもつことを願っていましたが、その自分だけの思いは、なかなか叶えられませんでした。

彼女の悩みを聞いた医師は、こう話しました。

「あなたたち二人は、縁があって結婚したのでしょう。夫婦は、互いに相手の良いところを見なければなりません。あなたは彼の欠点だけを見て、彼もあなたの欠点だけを見ているのです。ただ、彼がそれを言っていないだけですよ」

そのアドバイスは、さいわい新妻の心に入ったようです。実際その後、彼女は夫に対する態度を改め、夫の良いところを見るように努めました。

すると、すぐに変化が起こり、長年彼女を困らせてきたアトピー性皮膚炎が少なくなり、不順だった生理も規則的になりました。その後、間もなくして妊娠しました。

医学的には、彼女の気持ちの変化が、ストレスホルモンを減らすことにつながったのでしょう。彼女は、夫に対する気持ちを寛容にすることで、かえって多くのことがうまくいき、自分の気持ちも穏やかになったといいます。

このように、相手の過失をとがめない「許し」や、相手の異質を受け入れる「寛容」には、自身の精神を安定させることで、多くの健康効果があることが分かっています。

「免疫力も高まり、がん予防の効果にもつながる」という研究もあります。

皆様は、いかがでしょうか。

(文・蘇冠米/翻訳編集・鳥飼聡)

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