「希望を失わないで」 スー・チーさん、初の演説 民主化運動を続ける意向

2010/11/15
更新: 2010/11/15

【大紀元日本11月15日】「すべての民主勢力と共に歩みたい」。14日午後、ミャンマー軍事政権下での自宅軟禁から解放されたアウン・サン・スー・チーさんは、初の演説を行なった。軍事政権と対話しながら民主化運動を続ける意向を表明した。

演説はヤンゴン市内の国民民主連盟(NLD)本部の前で行われ、数千人の聴衆が集まった。

「人民なくして成功はない」

「何を考えているのか教えてください。過去6年間でどんな変化が人々に起こったのか、そして何を考えているのか知りたいです」と、スー・チーさんは、解放を祝う支持者に語った。

「人民の力で、人民の支持で成功できます。私一人の力ではできません。国民民主連盟の力だけでもできません。人民の参与がなければ、我々の国を良くすることはできません。すべての人民に参加してほしいのです」と、スー・チーさんは演説後、RFAの取材を通して再びミャンマーの国民に民主化運動への支持を呼びかけた。

さらに次のようにも語っている。「民主主義を実現させるには、ネットワーク作りが肝要です。ビルマの人々のネットワークに止まらない、世界の人々のネットワークです。現代の時代に合った方法でコミュニケーションをはかり、民主化を進めていかなければなりません」

また同取材を通して、軍事政権への対話をはかっていくことの重要性を示した。

非暴力の抵抗

スー・チーさんは演説の中で「欲しいものを手に入れるには、正しい方法で行わなければなりません」と語り、独裁者との闘いで心の均衡を失ってはいけないことを訴えた。

ビルマ解放のリーダー、アウン・サン将軍の長女として生まれたスー・チーさんは、幼いころからインドのガンジーの「非暴力・不服従」の理念に傾倒してきた。

1988年「独立のための二度めの闘争」(一度目は英国連邦からの離脱)のリーダーとして政界入りし、残虐な暴力を駆使する軍事政権に非暴力で抵抗し、 民主化を目指す指導者となった。

1990年5月の選挙で圧勝したが、軍事政権は、選挙結果を無視した。国外に行くことを拒否し、過去20年にわたって通算15年間、自宅軟禁されてきた。今回の軟禁は2003年5月の遊説中以来のもので、3回目にあたる。

1991年、ノーベル平和賞を受賞。ノルウェイのノーベル賞選定委員会は、「この女性のたゆまぬ努力に同賞を授け、民主化、人権、民族間の和解を平和的な手段ではかろうとする多くの世界の人々の支持があることを示すものである」と発表している。

解放の意図

一方、11月7日に行われた総選挙直後にスー・チーさんを解放したことについては、様々な憶測が飛び交っている。

スー・チーさんの解放によって、世界が選挙に対する批判の目を向けなくなるという見解を13日付のAPは示している。

また、13日付のCNNでは、戦略国際問題研究所(CSIS: Center for Strategic and Internatinal Studies)のアジア専門家で、ブッシュ政権でアジア顧問を務めたマイケル・グリーン氏が「国際社会がミャンマーの孤立化をはかろうとする動きを止めるための計算された行動」という見方を報道している。

英紙ガーディアンの日曜版オブザーバーは、14日付の社説で、スー・チーさんの解放の裏には、ミャンマーへの制裁措置の緩和に応じて新たな貿易のチャンスをつかもうとする国々があることを指摘している。

(編集・鶴田)