Noah Barkin
[ベルリン 9月26日 ロイター] – 2008年、グローバル金融危機に対するドイツの慎重な対応に腹を立てた当時のフランス大統領サルコジ氏は、メルケル首相に食ってかかった。
「フランスが行動しているのに、ドイツはどう行動するかをただ考えているだけだ」とサルコジ氏は毒づいた。
それから10年近くたった今、欧州各国は、リスク回避志向で内向きのドイツが復活するのではないかと危惧している。24日に実施されたドイツ連邦議会(下院)選挙によってメルケル首相の立場が弱体化し、極右政党による連邦議会への初進出を許したからだ。
「欧州各国の首都にいる者は皆、心配そうに見つめている」と語るのは、ロンドンのシンクタンク、王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)のロビン・ニブレット所長だ。「メルケル首相が融和的な立場をとり、欧州の前進に向けてリーダーシップを担う余裕は乏しくなった」
2008年当時は、急速に進展する金融危機の複雑さと、大規模な景気刺激策に対する反感が、メルケル首相を慎重にさせた。今回は国内の政治情勢がその引き金になりそうだ。
フランスのマクロン新大統領が、欧州再編に向けてメルケル首相に協力を呼びかけ、英国とのブレグジット交渉が修羅場を迎えるなか、同首相は今後数カ月にわたり、行き詰る可能性もある困難な連立交渉に直面することになる。
企業寄りの自由民主党(FDP)と、環境保護主義を掲げる緑の党との3党連立を、メルケル首相がまとめ上げることができたとしても(当面その選択肢しかないわけだが)、現政権に比べて安定性の低い構造になることはほぼ確実だろう。
この新たな連立政権は、国政の場で現在よりも対決色の強い野党と対峙することになる。その筆頭は、険悪な雰囲気で連立から離脱する社会民主党(SPD)、そして半世紀以上ぶりにドイツの国政に戻ってきた極右政党である「ドイツのための選択肢」(AfD)だ。
メルケル首相率いる保守派の得票率39.2%は1949年以来の最低水準であり、その後退とAfDの台頭は、同首相が2015年、ドイツに数十万人の難民を受け入れることを決断したことの結果である。
この決断は党内におけるメルケル氏の立場を脆弱化し、バイエルン州における友党、キリスト教社会同盟(CSU)を動揺させた。24日の連邦議会(下院)選挙では、CSU支持票がAfDに流れた。
首相にとって、CSUが、FDPや緑の党以上に気難しい連立相手になる可能性が高い。
「極右政党が連邦議会に進出したことに対する責任は、メルケル首相にある。これは言わば同首相に対する告発だ。明らかに、彼女の立場は弱まるだろう」とニブレット所長は言う。
<消えないポピュリズムの脅威>
欧州政界の主流派は、英国民投票での欧州連合(EU)離脱決断、そして米大統領選でのトランプ勝利をもたらしたポピュリズムの大波が、2017年には欧州大陸を呑み込むのではないかと懸念していた。
だが反対に、オランダでは極右の扇動主義者ヘルト・ウィルダース氏よりもリベラルな現職のマルク・ルッテ首相が支持され、フランスでも、堂々とEU支持を掲げる中道派マクロン氏が極右「国民戦線」のマリーヌ・ルペン氏に圧勝した。
今回のドイツ総選挙でも政界の中道派は持ちこたえた。中道右派と中道左派の得票率は73%と、極右のAfDと左翼強硬派である「リンケ」を合わせた約22%を上回っている。
だがこの選挙結果は、ポピュリズムの潮流がまだ途絶えていないことを欧州各国に思い起させた。そして、恐らく第2次世界大戦以来、欧州にとって最も困難となるであろう10年に、ドイツとメルケル首相が体現していた「安定の柱」に生じた亀裂を露呈した。
「欧州市民の立場からすれば、ドイツの選挙結果は二重の打撃だ」と世界貿易機構(WTO)の元事務局長パスカル・ラミー氏は語る。「安定性の象徴となっていたメルケル首相が、政治的に弱体化する一方で、反欧州勢力が前進したのだ」
ドイツ内外で、今回の結果は「メルケル時代」の終わりの始まりだと評する声がある。メルケル首相は25日、4年の任期を全うすると約束したものの、2─3年で後継者に道を譲るのではないかと憶測する者は多い。
今回の選挙によってメルケル首相の「レームダック化」が、誰の予想よりも大幅に早まる可能性がある、とINGのドイツ担当エコノミスト、カルステン・ブルゼスキ氏は語った。
フランスなどの政府関係者は、次の大規模な欧州改革はメルケル首相抜きで行わなければならない可能性を示唆する。他にも、「メルケル後」のドイツが、どのような針路をとるのかを心配する声も上がっている。
<大きなリスク>
こうした懸念は恐らく杞憂だろう。メルケル首相は生き残り術に長けており、異なる陣営間の調停をする際に、最も力を発揮する。CSU、緑の党、FDPなど、まったく異質な政党に協力し合うことを納得させたいと思うなら、今後数カ月はそうした調停を行う必要がある。
かたくななFDPの主張を思えば、ユーロ圏改革に向けたマクロン大統領との合意はこれまでよりも困難になるが、それ以外の欧州防衛協力などの優先課題は、SPDが連立政権から抜けることで、かえって楽になる可能性がある。
欧州委員会の上級幹部は、数カ月にわたるドイツの連立協議によって、実際にはマクロン大統領のアイデアが勢いを増すための時間の余裕が生まれるかもしれないと語る。
だが、連立協議にはリスクも伴う。
12年間政権の座にあるメルケル首相は、連立パートナーの勢力を弱めるという評判が立っている。今回の選挙で犠牲になったのがCSUとSPDだ。4年前はFDPだった。少数与党としてメルケル首相の連立内閣に参加した後、FDPは戦後初めて連邦議会の議席をすべて失ってしまった。
こうした過去があるため、連立候補となる政党はどこも高めの要求を突きつけてくるだろう。
「安定多数政権を形成することに失敗したら、恐らくそれがメルケル時代の終わりを告げることになるだろう。そして、さらに広く見れば、新たな政治的混沌の前触れとなる可能性がある」。ドイツで外相経験のあるヨシュカ・フィッシャー氏は26日、プロジェクト・シンジケート向けの寄稿でそう記した。
「ドイツに、あるいは欧州に、そうした混沌を望む人は誰もいない」
(翻訳:エァクレーレン)
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