Andreina Aponte and Corina Pons
[カラカス 15日 ロイター] – ベネズエラ首都カラカスにある駐車場で、ビーダーベン・ビレガスさん(35)は兄弟と一緒に、毎日約30台の車を洗っている。
洗車代は50セント(約50円)にも満たないが、誰もキャッシュで支払おうとはしないという。
サンフランシスコから東京に至るまで、世界のテクノロジー拠点では、スマートフォンやスマートウオッチでの支払いは当たり前になっている。深刻な経済危機に見舞われているベネズエラでも、同様のイノベーションが起きている。
だがそれは、全く異なる理由からだ。
物価高騰により供給不足となっているキャッシュ(紙幣)を十分に持たない顧客を呼び込もうと、野菜売りからタクシー運転手まで多くの人がモバイル決済アプリに登録している。
ベネズエラ国民が1日に現金自動預払機(ATM)から引き出せる金額は最大1万ボリバル(約40円)程度だが、闇市場の為替レートでは約4セントの価値にしかならない。
ベネズエラで発生したデジタル時代初のハイパーインフレは、過酷なビジネス環境の中で意外な「勝者」を生んでいる。それは、危機に見舞われる同国で成長する小規模なテクノロジー企業だ。
「モバイル決済を受け入れている。トパゴやビッポなど、出回っているほぼ全てのアプリを持っている」と、使い古されたタブレット端末と携帯電話を手にビレガスさんは言う。「現金は扱っていない。客が持っていないからね」
「アプリを使えば、客が駐車場を出る前に支払いが済んでしまう」とビレガスさんは語る。
このようなアプリがなければ、ウエーターへのチップや有料駐車場での支払いといったちょっとした経済活動さえ悪夢となる。だがその一方で、時代遅れの通信インフラが急速な需要の増加に追い付けず、銀行のウェブサイトやアプリが停止することもよくある。
<奇跡>
ウーバーに似たアプリ「ネクソ」へのタクシー配車注文は昨年、倍増したと、同社の戦略責任者レオナルド・サラザール氏は、ゲーム機のプレイステーションや卓球台が置かれているオフィスで明らかにした。
カラカスに拠点を置く決済アプリのビッポも昨年、登録者数が30倍超増えた。また、私立大学の駐車料金をオンライン決済するための試験的プロジェクトとして生まれたシティーウォレットの利用は、数カ所のショッピングセンターに拡大している。
「日を追うごとにキャッシュ・クライシスは悪化しているが、われわれが提供する解決策によってより多くの取引をつかむ機会を得ている」と、シティーウォレットの共同創設者アティラナ・ピノン氏(29)は語る。
同氏と2人のパートナーは、政府から助成を得てアプリを開発。現在はチリにまで拡大している。
ベネズエラでは、開発者の給与水準が低く、電気代やデータコストがほぼ無料であるため、アプリ開発には通常ほとんど資金がかからない。
開発者たちはアプリが急速に受け入れられていることに驚きながらも、2018年はさらに成長すると見込んでいる。
「レジが機能しないこともある。(決済アプリは)キャッシュ・クライシスを解決する手段となっている」と、カラカスの高級地区チャカオの市場でクリーニング製品を売るマリア・ロザダさんは、ビッポのロゴを指差しながらこう語った。
インフレ率が4桁台に上昇する中、ベネズエラの中央銀行は紙幣の増刷を遅らせ、期せずしてアプリの活性化を後押しした。
2017年末時点の紙幣発行高はわずか14%増にとどまっている。前年の増加率の半分にも満たない。同時期に、物価は2500%超上昇した(国会発表)。
ベネズエラの銀行18行は昨年、決済アプリを立ち上げた。中南米の大手オンライン商取引サイト「メルカドリブレ」も現地で決済方法を提供している。
左派のマドゥロ大統領でさえこうした動きに乗じようとしているが、インフレという根本的な問題に対する大統領の対応を巡っては批判の声が上がっている。
「デジタルウォレットがあれば、われわれはあらゆる面で奇跡を起こすことができる」と大統領は述べ、政府が発行する保険証にQRコードが記載されることを明らかにした。
インターネット速度が世界的に最も遅く、銀行口座や携帯電話を持たない人が人口のかなりの割合を占めているにもかかわらず、ベネズエラでキャッシュは支持を失いつつある。
「デンマークより先にわれわれの経済はキャッシュレスになるだろう」と、ビッポを率いる開発者ミゲル・レオン氏は、ハンモックのあるオープンオフィスで冗談交じりにこう語った。
(翻訳:伊藤典子 編集:山口香子)
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