Tom Westbrook and Adam Jourdan
[ハンターバレー(豪州)/上海 15日 ロイター] – 中国広州出身の裕福なビジネスマン、Wang Zhe氏は、オーストラリアのあるワイナリーで飲んだ10年もののシャルドネをたいそう気に入り、もっと飲みたいと考えた。
そこで彼は、そのビンテージを丸ごと買い取りたいと申し出た。
Wang氏のために催されたディナーで振る舞われたラム肉と野菜のローストを楽しむ中で口にされたこの種のオファーこそ、昨年のオーストラリア産ワインの中国向け輸出を63%も増加させ、8億4800万豪ドル(約717億円)に押し上げた原因である。
前出のシャルドネ生産者コル・ピーターソン氏は、Wang氏のような買い手がオーストラリアのワイン産業に大きな影響を与えていると言う。
ディナーの席上、ハンターバレー地域にあるピーターソン氏のブドウ園で働く通訳者を介して、Wang氏は「このワインは素晴らしい」と話したという。
「さまざまな国のワインをたくさん飲んでみた上で、『オーストラリアのワインは非常に良い』と私は考えるようになった」とWang氏は語った。すでに仏ブルゴーニュとボルドー産が山ほどある同氏のコレクションに、シドニーから約250キロ北方に位置するハンターバレーのワインが加わった。
Wang氏とピーターソン氏の交流は、オーストラリアのワイン生産者がいかに中国との関係を深めているかを示すものだ。
確立された欧州の輸出業者が逆風に見舞われる一方、世界で最も急速に成長している中国ワイン市場はオーストラリアに貴重な成果をもたらしている。
政策の変更も追い風になった。両国の自由貿易協定が2015年12月に発効して以来、20%と高かった関税は約3%に引き下げられ、オーストラリア産ワインの中国向け輸出は2倍以上に増大した。
<売り上げ急成長>
中国向けのワイン輸出で圧倒的な首位に立つのはフランスで、中国の輸入ワイン販売市場で約40%のシェアを持つ。インターナショナル・ワイン・アンド・スピリット・リサーチとワイン・オーストラリアの数値によれば、ここ10年来、オーストラリアは2位の座に甘んじている。
しかし、フランス産ワインの売り上げは伸びが一定だが、オーストラリアのそれは急速に伸びている。
「上海や北京といった中国国内の主要都市では、オーストラリア、スペイン、チリなどからのワインがますます増えている。新しい産地やスタイルに対する消費者の態度が、これまでよりオープンになってきたからだ」と、ワインと蒸留酒の展示会を主催するビネクスポのギヨーム・デグリーズCEOは説明。
「その一方で、中小都市において、特に若年層の消費者を中心にこれら産地のワインに関心が集まっているのは、フランスよりも低価格な選択肢を提示しているからだ」とデグリーズ氏は付け加えた。
ここ10年、オーストラリアの対中輸出は、輸出量に比べて輸出額の方が約2倍も拡大している。最も伸びているのは、ペンフォールズが製造する「グランジ」などの最高級ワインで、同ワインメーカーを所有するトレジャリー・ワイン・エステーツ<TWE.AX>は過去最高益を計上している。
<巨額の投資>
同時に、ワインのサプライチェーンの至るところに中国からの投資が流れ込んでおり、相対的には小規模だが、オーストラリアのワイン関連資産の買収も急増している。
昨年5月、中国のワイン流通企業イエスマイワインは、過去最大規模となる投資の1つに踏み切った。オーストラリアのワイン生産者第5位のオーストラリアン・ビンテージ<AVG.AX>の株式15%を取得し、取締役のポストを1つ確保したのである。投資子会社のビンテージ・チャイナ・ファンドLPを介して行った買収額は1650万豪ドルに上る。
煙台張裕葡萄釀酒<000869.SZ>は1月、近年のいくつか小規模な買収に続いて、サウスオーストラリア州のブドウ園キリカヌーンの過半数株式を1550万ドル(約16億円)で取得した。
ハンターバレーの不動産代理店ジャーズでディレクターを務めるケイン・ベケット氏によれば、中国人投資家へのブドウ園売却は1カ月に2、3件あるという。
オーストラリア国内における外国人の農地購入に関する唯一の公式記録を保持しているのは国税局だが、プライバシー保護の観点から、どれだけのブドウ園が中国人・企業に所有されているかを開示することはできないとしている。
アデレードに本拠を置くワイン専門コンサルタント会社ゲイチェンス・ラングレーのディレクター、スティーブン・ストラチャン氏は、外国人から寄せられるブドウ園買収への関心の約半分は中国からだと言う。
前出のベケット氏は、ハンターバレー地域のブドウ園250カ所のうち50カ所は香港または中国資本の所有だと推測している。
そのうちの1つがアイアンゲート・エステートだ。セミヨン、ベルデーリョ、シラーズといった品種を栽培しているが、数週間前に、深センに電子部品製造プラントを所有する香港のクオ一族に買収された。
ブドウ園経営のためにシドニーから移ってきた38歳のギャビン・クオ氏は、「生産拡大を目指してはいるが、われわれにとってのアジアは、まだ手探りをしている地域だ」と語る。
「ただし、慎重になる必要がある。アイアンゲート・エステートは地産ワインの醸造所であり、アジア市場だけを考えてワインの風味を変えるわけにはいかない」
<ワインの味>
2016年、中国はオーストラリアにとって、金額ベースで米国を抜いて最大の輸出市場となった。そこでワイン生産者側も状況に適応する努力を強化し、中国語を話すスタッフを雇用し、中国語表示のラベルを作成し、レストランで出す料理には箸を添えるようになっている。
オーストラリアのワイン生産者は、ボトルの封印をほぼスクリューキャップに変更していたが、中国人消費者の期待に応えるためコルクに回帰しつつある。通常はコルクを使うフランス産ワインの方が伝統的で格が高いと思われているためだ。
オーストラリアのワイン生産者数社は、ワインの風味の変更まで模索している。
ハンターバレーにあるワイナリー「アランデール」の醸造家ビル・スネッドン氏はロイターに対し、「輸出に関して、何よりもわれわれが悩んでいるのがこの問題だ」と語った。
「市場の嗜好(しこう)に合わせてワインを造るのか、それとも可能な限り最高のワインを造って、市場がそのワインを気に入ってくれるように努めるのか。正直なところ、その答えが出ているとは思っていない。どちらにも取り組んできた」とスネッドン氏は言う。
結局、スネッドン氏のワイナリーが望んでいるのは、「われわれが収穫するブドウから、われわれの流儀にのっとって、できるだけ良いワインを造ること」だという。
また、中国人消費者のワイン熱が冷めるのではないか、あるいはオーストラリアの粉乳メーカーやビタミン剤メーカーに高関税で打撃を与えたような輸入規制の変更に苦しむことになるのではないかとの懸念を抱く生産者もいる。
ワイン醸造家団体「ワインメーカーズ・フェデレーション・オブ・オーストラリア」のトニー・バッタグレーン代表は「誰もがこの好機に飛びつこうとしているが、何ごとにもリスクは伴う。これほどの成長が続くはずがない。それは皆分かっている」と話す。
スネッドン氏やピーターソン氏のような生産者にとって、それは自分たちの造るワインのほとんどを国内で販売することを意味する。
だからこそピーターソン氏は、ディナーの後で、自ら誇りとするシャルドネを一括して買い取るというWang氏の申し出を断ったのである。代わりに彼は、旧正月のお祝いとして、1本のボトルを差し出した。
「このワインを自分たちのためだけに開けることはない。友だちか誰かが一緒にいるときだけだ」とピーターソン氏は語った。
(翻訳:エァクレーレン)
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