8月31日、香港地下鉄の太子駅で起きた襲撃事件で、市民は3人が死亡したと主張し、当局に対して真相究明を求めている。攻撃事件が発生してから1週間以上経った9日、香港警察と消防当局、地下鉄を運営する香港鉄路有限公司(以下は港鉄)は、共同記者会見を行い、死者はいなかったと強調した。
港鉄は10日、監視カメラが捉えた映像のスクリーンショット26枚を公開した。警察官が市民を鎮圧する際の写真はなかった。また、プライバシー上の理由から、動画を公開しなかった。
香港警察の警官隊は8月31日夜10時半ごろ、抗議活動の参加者を拘束するため、地下鉄の太子駅などに入った。構内に止まっている電車内に進入した警官隊は、警棒で乗客らの頭を狙って殴った。電車の外にいた警官らは、乗客に催涙スプレーを噴射した。駅構内では、市民の悲鳴や「警察はヤクザだ」との怒号が響き渡った。
疑惑
立法会(議会)の毛孟静議員らは10日、記者会見を開き、警察当局の説明に異議を唱えた。
毛議員は、当日の駅に駆け付けた消防隊員や救急隊員と消防本部の通信を記録した政府内部資料を入手した。これによると、消防当局は31日夜23時42分ごろ、消防局長と見習い救急士(Probationary Ambulance Officer、PAO)の2人が太子駅へ駆けつけ、負傷者数を確認した。23時46分ごろ、5台の救急車が出動した。この時点で、負傷者が10人から15人いるとの連絡があった。
日付が変わった9月1日未明の午前0時1分ごろ、PAOが負傷者9人と報告。午前0時15分ごろ、負傷者は10人、うち6人が重症だとの連絡。この5分後、消防局長の連絡で、負傷者が9人に変更された。さらに、午前1時02分ごろに、事件現場から本部に「負傷者は7人で、うち重症が3人」との連絡が入った。午前0時15分時の人数と比べて、重傷の3人が消えた。
消防当局のこの通信記録によれば、9月1日未明の午前1時7分、警察当局は、重傷者を含む7人のけが人を地下鉄に乗車させて、太子駅から遠く離れる茘枝角駅まで送り、茘駅角駅の近くの病院に行かせた。
議員は「なぜ、1時間以内に重傷者の人数が大きく変わったのか。多くの疑問が残る」とし、消防当局に現場でのやり取りを記録したすべての音声や資料を公開するよう求めた。
「友人と連絡取れない」
8月31日以降、一部の香港市民は、家族や友人の消息が途絶えたと訴えた。市民は行方不明者は警察当局の暴行を受けて死亡したとみて、9月1日から太子駅の前で献花し始めた。9月6日、数百人の市民が太子駅の前に集まり、港鉄に対して当日の監視カメラ映像を公表するよう求めた。1人の女性の市民が海外メディアに対して、「友人が行方不明になった」と話した。
3人の若者は大紀元に対して、友人の2人と連絡が取れなくなったと話した。「毎日のように連絡し合っていたが、8月31日以降、友人らは消息不明となった。今、彼たちに関する情報をあちこちで聞きまわっている」という。
襲撃
市民の阿輝さんは、警官隊による攻撃事件の目撃者だ。9月2日のストライキや授業ボイコットを呼びかける集会で、事件当時の様子を話した。
「あの夜、地下鉄に乗車していた時、警官らが突然ホームと車両内に入り、黒いTシャツを着ている乗客を手当たり次第に警棒で殴った。警官に殴られて何人かが動けなくなったので、私は彼たちを助けようとした。その時、警官が『動くな』『動くな』と叫んだ。車内はかなり混乱して、皆が悲鳴を上げていた」
港鉄側が地下鉄の運行を中止するとのアナウンスを受けて、阿輝さんたち乗客は車両から降りた。その後、機動隊が再びホームに入り、市民に暴行し始めた。阿輝さんによると、太子駅側がエスカレーターを停止させたため、市民らは速くホームから逃げることができなくなった。「明らかに港鉄と警察は共謀している」
医療機関で働く阿謙さんによると、31日夜、地下鉄が太子駅まで運行して停車しているときに、駅側が何の説明もなく運行の中止のアナウンスをした。暫くすると、警官隊がホームに入り、車内の乗客に対して「ゴキブリ、出てこい」と罵った。警官らは、傘で警官の暴行に抵抗しようとした乗客に催涙スプレーを噴射し、警棒で殴打した。
阿謙さんは、けがした3人の若者に応急手当てを施した。「3人のけがは全部後頭部に集中していた。しかも頭の皮膚が亀裂し、真皮が見える状態だった。このため、流血がひどかった。なかの1人が気を失った」と述べた。3人はその後、医療機関に運ばれたという。
香港警察は9月1日早朝3時15分に記者会見を開き、市民への暴力行為を否定し、「法に基づき、適切に公務を執行した」と主張した。
市民の阿輝さんは「警察は事実をわい曲している。多くの警官が市民に暴行したのをはっきり見た」と語った。
(記者・駱亜/趙彬、翻訳編集・張哲)
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