トム・アブケ(Tom Abke) アナリスト等の見解では、国際法を尊重しない中国の姿勢を考慮すると、長年にわたり沿岸諸国が切望している効果的な「南シナ海の行動規範(COC)」が策定される可能性は薄い。
米国に本拠を置く外交政策研究所(FPRI)によると、これまで協議されてきた行動規範の策定は、南シナ海の一部の領有権を主張するブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、中国、台湾、ベトナムといった諸国間の緊張緩和に繋がる方策と見なされている。2002年に中国と共にASEAN諸国が署名した「南シナ海における関係各国の行動宣言言(DOC)」により、正式な規範策定に向けた基盤はすでに整っている。
2021年には外相会議で行動規範の序文について基本的に合意に達していることから、2022年には規範が完成・承認されることが期待されていた。
シンガポールに所在する南洋理工大学(NTU)S・ラジャラトナム国際学大学院(RSIS)の研究員であるコリン・コー・スウィー・リーン(Collin Koh Swee Lean)博士がFORUMに語ったところでは、こうした現状にも関わらず、南シナ海の約90%の海洋権益を不正に主張する中国の姿勢および中国が2021年に制定して物議を醸した「海警法」が行動規範策定の障壁となっている。
リーン博士は、「たとえば海警法には『国の管轄下にある水域』といった曖昧な表現が含まれているにも関わらず、これが何を指すかに関する適切かつ明確な定義が欠如しているなど、中国が制定した新法の一部では非常に不明瞭な言語が用いられていることから、不確実性が発生する危険性があり、南シナ海の領有権を主張する他諸国との信頼醸成が困難になっている。
これにより行動規範を策定すること自体が無駄になる可能性がある」と説明している。 同博士の説明によると、地理的範囲や地域外の諸国の関与などにおいて、行動規範に関与する当事国の間で意見が分かれている。
ロンドンを拠点とするシンクタンク「王立国際問題研究所(RIIA/通称:チャタムハウス)」が2022年1月12日に発表したビル・ヘイトン(Bill Hayton)アジア太平洋地域アナリスト著の論文には、行動規範により、沿岸に位置するASEAN加盟諸国は中国の行動を制限することを望んでいる一方で、中国政府は同地域における軍事訓練を禁止することで米国の存在感を抑制することを目論んでいる。
160ヵ国超の国や地域が批准する1982年の「国連海洋法条約(海洋法に関する国際連合条約/UNCLOS)」を尊重することで、効果的な行動規範の基盤を強化する必要があるという点で、ヘイトンアナリストとリーン博士の意見が一致している。国連海洋法条約の規定に基づくと、沿岸国は自国の基線から200海里の範囲内に排他的経済水域(EEZ)を設定し、同水域内の海洋資源に対する排他的な権利を有する。
ヘイトン著の論文には、中国政府はいわゆる「九段線」を地図上に引くことで、自国の領有権主張およびフィリピンとベトナムの排他的経済水域での人工島建設と軍事化を正当化することを企んでいると記されている。九段線については、国際法廷がこの恣意的な境界に基づく中国の主張は違法との裁定を下している。
また、南シナ海の領有権を主張する沿岸諸国の排他的経済水域に中国船舶が繰り返し侵入するという事態が発生していることで、天然資源の採掘事業が弱体化し、漁業資源の枯渇により地元の食料安保が脅かされている。
中国が行動規範の早期策定に取り組む姿勢を改めて示したのは、カンボジアが2022年にASEAN議長国を務めることを見込んで、加盟国10ヵ国で構成される同組織内で派閥を構築することを企んでいるのではないかと、リーン博士は疑いの目を向けている。
カンボジアは同組織内では唯一の中国寄りの国と見なされている。 同博士は、「単に行動規範が策定されたからといって、中国が長年にわたり訴えてきた海洋権益の主張を放棄するわけがない」とし、「2002年11月に『南シナ海における関係各国の行動宣言』に著名して以来、長年にわたり故意的に同問題への関与を避けてきた中国が今になって行動規範の協議促進を求めた動機を慎重に検討する必要がある」と述べている。