[トビリシ 11日 ロイター] – 不本意ながらロシア政府の支配下に入ったウクライナからの難民が、思わぬ方面からの支援を受けつつある。戦争により故郷を離れた人々のロシア脱出を支援するロシア人ボランティアたちのネットワークだ。
ボグダン・ゴンチャロフさん(26)とその妻、7歳の娘は3月半ば、それまで暮らしていたマリウポリに降りそそぐ砲弾から逃れ、結果としてウクライナ南東部のロシア軍支配地域に入った。他のウクライナ難民がシベリアに送られた噂を耳にし、何千キロも離れた土地に移送されることを恐れたゴンチャロフさんは、あるロシア人ボランティアに連絡を取った。このボランティアが、ロシア国内を抜けて対エストニア国境に至る移動を手配してくれたという。
「脱出できたのは奇跡のようだ」とゴンチャロフさん。開戦前は建設業界で働いており、現在はスウェーデンでの新たな生活を始めている。「ボランティアの人たちのおかげだ」
ゴンチャロフさんのように故郷から引き離され、ロシア国内やロシア支配下の地域に留まることを望まないウクライナ人に対して、ボランティアたちは脱出経路についてのアドバイスだけでなく、当座の資金や移動手段、宿泊先を提供している。こうした緩やかに繋がったネットワークへの参加者、実際に支援を受けた人々9人から話を聞いた。
支援ネットワークに参加している4人によれば、ネットワークの多くを運営しているのはロシア人やロシア出身者である。3人の話によれば、ボランティアの大半は海外を拠点としているが、一部は母国に留まっているロシア国民だという。その多くは、ロシア当局の注意を惹くのを避けるため、目立たないように行動している。
ウクライナ難民を支援するネットワークは、戦争が引き起こした惨禍に憤る一般のロシア国民にとって、自身の感情を表現する手段の1つになっている。ロイターが取材した複数の個人によれば、昨今ではロシア国内で人々が公然と軍を批判することは法律により事実上禁じられているためだ。
ウクライナ難民のロシア脱出を支援することを具体的に禁じる法律はロシアには存在しない。非政府組織(NGO)に関連して、ロシアの国益にとって有害な活動に従事していると見られるNGOの登録を却下する権限を政府に与える法律はある。また法律により、外国から資金の提供を受け、政治的活動に従事していると見られるNGOは、追加的な審査を受けることを義務付けられている。
ロシア出身でジョージア在住のマリア・ベルキナさん(20)は、「皆、いつも後ろめたい気持ちを抱いている」と語る。彼女が運営する団体は、ウクライナ難民約300人のロシア脱出を支援したという。この団体は「ボランティア・トビリシ」と名乗り、ジョージア国内のウクライナ難民にも人道支援を提供している。「多くのロシアの人々から、『何か自分にできる支援はないか』という問い合わせが来る」とベルキナさんは言う。
ロイターは他に2つのボランティア団体に取材した。開戦以来、それぞれ1000人以上のウクライナ国民のロシア脱出を支援したという。ロイターではこの数について独自の裏付けを得ることができなかった。3つの団体はいずれも、支援した難民の多くは、今回の戦争で最も苛烈な包囲攻撃を受けている東部ウクライナの戦略的に重要な港湾都市、マリウポリの出身だと述べた。
ウクライナ難民の処遇やロシア脱出を支援しているボランティア・ネットワーク、そしてこうした活動に関するロシア当局の姿勢について、ロシア政府、さらには難民対応を担当しているロシア緊急事態省にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
また、ウクライナ政府にもボランティアの取組みについてコメントを求めたが、回答は得られなかった。
ボランティアの活動にはリスクが伴う。複数のインタビュー、そして政治活動家に対する警察の行動を追跡調査している機関によれば、戦争に公然と反対するロシア国民は、罰金刑や訴追に直面している。
あるロシア人女性は、対エストニア国境経由で数十人のウクライナ難民のロシア脱出を支援してきたが、2人のボランティア仲間によれば、警察に呼び出されて尋問を受けた後、支援活動から手を引いてしまった。2人は、彼女は弁護士による接見もなしに数時間にわたって拘束されたが、警察による尋問内容は不明だと話している。
ボランティアとして参加しているネットワークの調整役を務める仲間の1人スベトラナ・ボドラツスカヤさんによれば、この女性、イリーナ・グルスカヤさんは起訴されてはいないという。ボドラツスカヤさんは英国在住のロシア出身者で、この支援団体「ルビクス」は、これまでにウクライナ難民約1500人のロシア脱出を支援しているという。
ロシアは、隣国ウクライナの非武装化を目的とする「特別軍事作戦」と称して2月24日に侵攻を開始した。ロシア政府は民間人を標的とした攻撃を否定しており、ウクライナ国民には人道支援を提供していると述べている。
ロシアのウラジミール・プーチン大統領は4月26日、ロシアは14万人のマリウポリ脱出を支援したと述べた。「彼らは望むままにどこにでも行けた。ロシアに向かった人もいるし、ウクライナの別の地域に向かった人もいる」とプーチン大統領は言った。「彼らを拘束などしていない。できる限りの援助・支援を提供している」
開戦以来、国外に脱出、あるいは国内で避難したウクライナ国民は1300万人以上。国連によれば、5月6日の時点で、そのうち約74万人が国境を越えてロシアに入国したという。
<ロシア人ネットワーク>
ゴンチャロフさんを助けたボランティア団体は「ヘルピング・トゥ・リーブ(脱出支援)」と名乗っている。ロシアを脱出する約1000人に現実的な支援を提供してきたという。「ボランティア・トビリシ」は、「ヘルピング・トゥ・リーブ」と提携していると話している。
「ヘルピング・トゥ・リーブ」は海外在住のロシア人・ロシア語話者によって運営されているが、団体のメンバー以外にも、ロシア国内に100人ほどの協力者がいるという。トビリシで活動する共同創設者のナチュリコ・ミミノシビリさんは、そうしたロシア国内の協力者がウクライナ難民を自宅に招いて「少しでもお互いに集まってもらい、それからロシアからの出国を手伝う」と語る。
ミミノシビリさんによれば、「ヘルピング・トゥ・リーブ」では、宿泊先の手配、旅程に関する情報の提供、列車やバスの予約支援を行っている。また、難民の権利に関するアドバイスも提供している。
ミミノシビリさんと、ボランティアの1人で、安全上の理由によりファーストネームだけを明かしているアンナさんによれば、「ヘルピング・トゥ・リーブ」では、ロシア当局者がウクライナ難民に対し、彼らが望まぬ場所に移動するよう圧力をかけたり、当局が提供した宿泊先を離れることは禁じられていると伝えた事例を記録しているという。どれくらいの事例を記録しているかは教えてもらえなかった。
アンナさんによれば、ウクライナ難民からの支援要請のほとんどはマリウポリから脱出してきた人だという。開戦前のマリウポリの人口は40万人、かつては活気に溢れる港湾の街だったが、開戦直後から激しい空爆に晒され、市民は飲料水・食糧の不足に悩まされていた。住民の多くは最終的にロシア国内、あるいはロシア軍が支配する地域に向かった。ロイターの取材に応じた複数の難民は、その脱出経路が最も危険が少なかったと話している。
<長い道のり>
ゴンチャロフさんによれば、一家がマリウポリ脱出を決意したのは3月15日だった。一家が暮らすアパートの近くには砲弾が落下するようになり、すでに停電・断水していたという。
他の2家族とともに市外に向かう車に便乗し、ロシア兵が設けた複数の検問所を通過した。一家はロシア軍が制圧したウクライナの都市ベルディアンスクのホテルに6日間滞在した後、ロシアが併合したクリミア半島に向かった。
ゴンチャロフさんの話では、当局は、ゴンチャロフさん一家の宿泊先としてクリミア半島のリゾート地ヤルタにあるゲストハウスを割り当て、移民手続きの支援と、1万ルーブル(約145ドル)の一時金を提供したという。当局者は彼に、公式の難民登録を行わないかぎり、許可なく別の場所に移動する権利は与えられないと告げたという。
一家が宿泊したゲストハウス「スメーナ」に取材しようとしたが、連絡が取れなかった。
ゴンチャロフさんは、一家が遠く離れたシベリアのサハ地域に送られてしまうことも恐れていた。同じ難民の1人から、他のウクライナ人の例を聞いたからだ。その後分かったことだが、一家がヤルタを離れた翌日、約50人のウクライナ人が北極海に面したタイミル半島に送られた。移送された中の1人であるマリウポリ時代の知人から聞いたという。
ウクライナ人移送に関するゴンチャロフさんの談話について、ロイターでは裏付けを得ることができなかった。この件やヤルタ滞在に関するゴンチャロフさんの談話の内容について、ロシア政府が支援するクリミア行政府に質問したところ、モスクワの緊急事態省を紹介されたが、コメントは得られなかった。サハ地域、タイミル半島を管轄する地方自治体についても同様である。
ヤルタ滞在中、ゴンチャロフさんはドイツに住む知人に連絡したという。この知人が紹介してくれたのが、「ヘルピング・トゥ・リーブ」のボランティア、アンナさんだ。彼女はゴンチャロフさんに、ロシア南部のロストフに向かうよう指示したという。
ロストフに着いたゴンチャロフさん一家は、ボランティアたちの手配により、民間のバスに乗せてもらい、対エストニア国境にたどり着いた。そこでロシアの当局者からウクライナの治安部隊や警察との関係を尋問された後、エストニアへの入国を認められた。マリウポリを離れてから3週間以上が経過していた。
アンナさんは、ゴンチャロフさんのロシア脱出を支援したことを認めている。ゴンチャロフさんの談話やボランティアの活動についてエストニア政府にもコメントを求めたが、回答は得られなかった。エストニア警察・国境警備隊によれば、2月24日から3月10日までに、1万9000人のウクライナ人がロシアからエストニアに入国している。
David Chkhikvishvili(翻訳:エァクレーレン)
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