東京大学の佐橋亮准教授は11日、都内の講演会で「日米同盟は台湾有事を念頭に組みかえが行われている」と述べた。台湾の戦略的な重要性を認識した米国は政策を転換させており、インド太平洋地域に位置する米国の同盟国は今まで以上の戦略的役割を期待されていると指摘した。
ロシアのウクライナ侵攻によって世界政治は転換点を迎えている。国際協調は減退し、「力が粗暴な形で使われる」時代に我々は直面していると佐橋氏は語る。いっぽう、世界的な覇権を掌握してきた米国は内政問題に悩まされ、中間選挙以降はさらに内向きになる傾向があるという。
米中接触は「関係破綻防ぐため」
米国防総省は3月末、国防の指針となる戦略文書「国家防衛戦略」を発表した。中国を「最も重要な戦略的競争相手」と位置づけ、ロシアは中国に次ぐ存在とされた。同盟国と連携して中露に対抗し、必要があれば紛争に勝つ用意をすると明記した。
佐橋氏は、米国にとってロシアは「急性的な病気」だが、中国は「慢性的で、致死性のある病気」だと例えた。ロシアがウクライナを侵略する前から、米国は中国共産党の脅威を認識しており、関係の切り離しを図ってきた。
中国とのデカップリングはトランプ政権から続く既定路線だという。防衛などの分野でハイテク化が進むなか、米国は中国に対して優位性を保つために新興技術や機微技術の取り扱いを厳格化し、輸出入の制限を含む規制枠組みを形成した。それらの技術の基盤となるのが半導体であり、台湾のTSMCや韓国のサムスンなどのメーカーの重要性は高まっている。
佐橋氏は、米中首脳による接触は今後も続くが、米国が関与政策を放棄した現在、接触は関係改善のためのものではなく、関係破綻を避けるためのものに過ぎないと述べた。
台湾の重要性、はっきりと認識
米国と北京当局の関係悪化とは裏腹に、台北との関係は親密さを増している。その背景には、台湾の戦略的重要性を米国が認識したことにあるという。
佐橋氏によると、強権化する中国共産党政権に対し、台湾の成熟した民主政は鮮明なコントラストを成し、米国内で台湾に対する好感度が上昇した。また、中国共産党の急速な軍備増強により、台湾海峡の安定性が崩れているという強い問題意識が米軍や政府機関内で共有された。また、台湾の戦略的価値の重要性はトランプ政権時代から認識されていたという。
中国共産党を刺激したくない米国は「一つの中国政策」を堅持しているが、その内実は大きく変化しているという。例えば、米国務省が国連関連組織への台湾の加盟について支持を表明することは、以前では考えられなかったことだという。このほか、米台間の経済関係や安全保障関係が強まっており、武器輸出も盛んになっている。
米軍の戦略にも変化が見られる。昨年12月の米上院公聴会に出席したイーライ・ラトナー国防次官補は「台湾は第一列島線上の死活的に重要なポイント(Critical node)に位置している」と証言した。米国が初めて台湾を「死活的に重要なポイント」と表現したことについて佐橋氏は、米国が「台湾の戦略的重要性を認めた事になる」と指摘した。
5月に東京で開催された日米豪印(クアッド)首脳会談において、バイデン氏は台湾有事の際に武力支援を行うかという記者質問に対し「イエス」と回答した。佐橋氏は、バイデン氏の回答は失言ではなく、確信を持って答えているのではないかと分析する。「強めの発言をしないと、中国に対して抑止が効かない」ため、バイデン氏は一歩踏み込んだという。
内向きになるアメリカ
国際政治で大きな影響力を持つ米国だが、内政面の課題は山積状態だ。国際問題に対する米国民の関心が低いことも相まって、米国は今後内向きになると見ている。
今年11月に中間選挙を控えるなか、民主党政権は政権運営に苦心している。6月に発表された米国の世論調査では、バイデン政権の支持率は4割を切る結果となった。民主党内部でも意見の食い違いがみられ、中間選挙で民主党はさらに議席を減らすと言われている。
「バイデン政権は大風呂敷を広げているが、結局は場当たり的な政策だ」と佐橋氏。議会の権限が大きい米国では、議会の統治ができなければ政権運営が困難になる。現在は多数を占める上院でも、民主党員でありながら政権に反対票を投じる議員の存在により議案の審議が止まることがある。中間選挙で多数派から転落すればさらに厳しい状況となる。
内向きの傾向は外交政策にも現れている。米国議会の対中強硬論は根強いが、今年の一般教書演説では、外交の文脈の中で中国は登場しなかった。バイデン政権の掲げる「中間層のための外交」では、米国人のための雇用を生み出し、賃金を高めることが重要視されている。外交政策でも雇用を声高にアピールするその姿勢について、「それだけ統治が難しいということだ」と指摘する。
重要度増す同盟関係
米国が内向きになるなか、インド太平洋地域における米国の同盟国の戦略的役割は増大している。日米同盟は台湾有事を想定した組み替えが行われているほか、経済安全保障の分野でも日米間の協力は進んでいる。米国の圧力により米韓の間でも台湾について言及されるようになったという。
米豪同盟や、米英豪からなるAUKUS(オーカス)も重要な存在だ。アジア諸国と強い関係を持つイギリスの存在感が今後大きくなるだろうとの分析を示した。
日米豪印からなるクアッドだが、「戦略的自立性」を主張するインドを取り込むことが大事だという。中国との間で国境紛争を抱えるインドが加勢すれば、中国軍は二正面作戦を余儀なくされる。
しかし日本には課題も残る。日台間の交流は非常に盛んだが、正式的な外交関係を持たない台湾と行政・防衛面でいかに協調を行うかが問題となる。また、台湾有事に向けて日米間ではさまざまな交渉が行われているが、NATOのように、戦時には日米の指揮命令系統の統合が求められるだろうと佐橋氏は述べた。
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