「寒さは怖くない。人心が冷めることのほうが恐ろしい(寒冷並不可怕、人心冷卻才更可怕)」
そう書かれた紙を手に掲げている。黒い帽子、目にはゴーグル、口元は防毒マスク。そんな姿で、ひとり街角に立つ人の写真を、ふと目にした。
今なお続く、中国共産党への「抵抗」
それは「あなたの心の温もりを維持してください」という、この人からのメッセージであろうか。
足元には、4年前、香港の民主化を求めるデモ参加者が使用してきたスローガン「光復香港、時代革命(香港を取り戻せ、時代の革命だ)」が印字された黒い旗があった。
これが「香港の民主を守る勇士」の姿であることは一目でわかった。
ゴーグルやマスクをつけるのは、デモを鎮圧をする警察が放つ催涙弾などから身を守るため。そして帽子は、おそらく身元バレを避けるための用心なのだろう。ただし、ここはデモの場所ではない。
ツイッターに投稿されたこの画像がいつ、どこで撮られたのか不明である。この人は半袖シャツを着ている。暑い夏なのかと思ったが、よく見ると、その足元には「ダウンコート」らしきものが丸めて置かれている。
背景に映る通行人は、いずれも長袖の服を着ている。すると夏ではなく、むしろコートが必要な寒い時期ではないか。
そういえば、手にした紙には「寒さは怖くない」と書かれていることから、この「勇士」は、あえてダウンコートを脱いだのだろう。
「寒さは怖くない。人心が冷めることのほうが恐ろしい」。この人が、かつてどのような職業であり、今どんな暮らしをしているかは知る由もない。ただ、伝えようとするメッセージは、写真を通して痛いほど伝わってくる。
香港で民主化を求める大規模なデモが行われてから、3年以上が経つ。今でも日本を含む世界の各地では、香港出身者を中心とするデモなど、定期的な活動が行われている。
現在の香港では、反政府的な言動を取り締まる香港国家安全維持法(国安法)が施行されたため、香港でのデモはほとんど見られなくなった。
しかし、香港人による、中国共産党とその支配下にある香港政府に対する「抵抗」はまだ続いているようだ。
教師の辞職者は例年の2倍「中共の教育を拒否」
昨年、香港の小中高校の教師約3500人が辞職をした。その数は例年の2倍にあたるという。中国四大ポータルサイトの1つ網易(ネットイース)に掲載された7日付の記事が報じた。
主な辞職理由は「仕事の重圧」「報酬への不満」「その他の個人的な理由」とされている。そのうち、教師歴15年以上の退職者が全体の63%、10年以上15年未満は13%を占めた。ベテランや中堅教師の離職が多い。
現在、香港の教育現場では中国式の「愛国教育」が急速に進められている。
それにともない、中学や高校の新版教科書は「香港は英国の植民地ではなかった」といったような、中国政府の意向に沿った記述に変えられた。
教育現場において「国安法」への忠誠を求められる教師らが、日々受けるプレッシャーの重さは容易に想像がつく。それは自分の魂を捨てて、中共に服従する教育を生徒や学生にしろと言われるに等しい。
「良知」ある教師であれば、その苦しみはなおさらであろう。生活上の収入を失うことのリスクは、もとより小さなものではない。しかし、なにより教師という職業に誇りと使命感をもって務めてきたからこそ、身を切られるように辛いのだ。
「塗り替えられた歴史を生徒に教えるくらいなら、いっそ自ら教壇から降りる」
涙をしぼってそう決意した教師が、香港にはたくさんいる。勇気ある抵抗には、このように静かで、強靭な方法もある。
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