米シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問で著名な戦略家のエドワード・ルトワック氏は中国の戦略的弱点について、食料の輸入依存や兵士不足、戦争における犠牲への反発などを指摘した。いっぽう、戦争遂行能力がないことは必ずしも戦争を仕掛けないことと同義ではないと強調した。
ルトワック氏は昨年12月、防衛省の防衛研究所が開いた安全保障国際シンポジウムで「中国は戦争を遂行できるのか」を主題に講演した。
同氏は台湾をめぐる「中国は本当に戦争を仕掛けるのだろうか」という問いに、明確な答えは出せないとした。ロシアのプーチン大統領や2003年にイラク侵攻を決行した米国のブッシュ大統領の例を挙げ、国の指導者が「勝てるはずのない戦争を開始することは十分可能」と述べた。中国の場合、それはなおさらだという。
その上で、もし中国と台湾の戦争が数か月も続くならば、中国は苦境に陥るだろうと主張した。ルトワック氏はこれを、補給や戦死者数といった継戦能力の観点から説明する。
食料とエネルギー事情
ルトワック氏は、ウクライナ侵攻におけるロシアと今の中国の状況を比較する。
ロシアは現在もほとんどの食料を国内で需給できる。昨年2月24日に戦争を開始した後でも「人々は1年前と同じものを食べている」という。
いっぽう、中国は食料を輸入に頼っている。主要輸入品目の大豆は、国内消費量の約85%(9500万トン)を輸入に依存している。その主な輸入元は米国、ブラジル、アルゼンチンなどだ。その他、小麦やトウモロコシを含めた動物用の飼料なども輸入に依存している。
「ひとたび戦闘が始まれば小規模でもG7加盟国は制裁を加える」ため、中国は北米から穀物の輸入が断たれると指摘した。自給自足できない現在の中国は、一度戦争が始まってしまえば「3か月のうちにほぼすべての豚、鶏、ヤギ、そして牛を殺さなければいけなくなるだろう」と述べた。
エネルギーに関しては、中国は石油・液化天然ガスを大量に輸入しているが、有事に入れば輸出資源を国内向けに切り替えるため、「食料ほど戦略的に重要ではない」とみている。
台湾侵攻には最低160万人
ルトワック氏はまた、1968年のソ連軍によるチェコスロバキアへの軍事介入、昨年のロシアによるウクライナ侵攻、および起こりうる中国の台湾侵攻をそれぞれ比較した。
ルトワック氏は、かつて1968年にソ連がチェコスロバキアに侵攻した際、ソ連は「24時間以内に40万の兵士を送り込み、48時間以内に80万の兵士を送り込むことができた」と指摘。今回の場合、チェコスロバキアの4.5倍の面積、4倍の人口を持つウクライナに対しては、320万人の兵士を動員すべきだったという計算になる。
同様の人口比率をもちいると、台湾の人口がウクライナのおよそ半分であるため、中国は台湾侵攻の際、48時間以内に少なくとも160万の兵士を動員しなければならないということになる。中国共産党は、ロシアのウクライナ侵攻と同様、兵士不足に苦しむとした。
ウクライナ侵攻において13万5000人のみを動員したロシアは、昨年12月時点で戦死者数は2万5000人(最も低く見積もった数値)に達した。
犠牲への不寛容
このような大規模な動員が必要であるのに加え、中国社会が戦争における犠牲を許容しずらい風潮になっている、とルトワック氏は指摘する。
ルトワック氏は「ポスト全面戦争」という理論を用いて、社会の価値観の変化や家庭における男子の数が少ない場合、戦争犠牲に対する反発が大きくなると主張する。
かつて米国では、2回の世界大戦と戦後の冷戦を経て、多くの痛ましい記憶が刻まれた。朝鮮戦争やベトナム戦争では多くの兵士が派遣され、現地で命を落とした。また、戦後の社会の変化や家族規模の縮小により、犠牲の許容度は著しく低下しており、「ポスト全面戦争」の時代を迎えているという。
「もし戦争をしたいのなら、犠牲に供し得る兵士、海兵、パイロットが十分に必要となる。犠牲を許容できないのなら戦争を始めることはできない」
今回のウクライナ侵攻においては、ロシアは比較的家族規模が大きく、動員可能な成年男子の数に余裕がある。しかし、中国では1980年代から2016年まで行われた「一人っ子政策」により子ども1人の家庭が増加。その結果、犠牲に対する反発が強くなった。
2020年、中国とインドの国境沿いで武力紛争が発生した際、インド側は約20人、中国側は4人の犠牲者を出した。インド側がすぐに犠牲を公表した一方、国民からの反発を懸念した中国共産党は周到な用意のもと、武力衝突の8か月後にプロパガンダと共に犠牲者を公開した。
ルトワック氏は、中国共産党が4人の兵士の死についてことをうまく運ぶために8か月もの時間を要したのだから、数千あるいは数万の戦死者が出た場合に、彼らはどのように対処するのだろうか、と疑問を投げかけた。
ルトワック氏によれば、中国が台湾を侵攻する場合、中国側は台湾の対艦システムおよび米国とその同盟国の潜水艦の反撃を受け、攻撃開始の一週目で2万5000〜4万の兵を失うという。
その一方で、戦争遂行能力がないことと戦争を仕掛けないことはイコールではないため、中国は戦争を始める可能性があると指摘。その上で、「もし中国が戦争を始めるなら、彼らはかなり早い段階で戦争を止めなければならなくなるだろう」と述べた。
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