睡魔と闘う女子学生に、優しさを届けた女性 地下鉄内の一コマが語るもの=上海

2023/05/16
更新: 2023/05/26

今月10日に上海の地下鉄内で撮影されたとされる、ある動画がSNSに投稿され、多くの「いいね!」を得た。それは、眠気に襲われた女子学生に向けられた乗客の「優しさ」をとらえた一コマであったが、はたして本当に「美談」であるか、どうか。

「寝落ち」しそうな少女を支えた乗客

動画のなかには、カバンを抱えたまま車内の席に座っているものの、毎日の勉強の疲れからか、睡魔と闘う中学生ぐらいの少女の姿があった。その時は、よほど眠気が強かったのだろう。少女は何度もがっくんと姿勢を崩し、座席から落ちそうになっている。

そんな少女の姿を見かねたのか、車内に立っていた中年女性が、少女の前へすっと歩み寄り、その頭を自分のお腹に引き寄せて寄りかからせ、支えてあげた。少女は、見知らぬ女性の親切に、すぐには気づいていない様子だった。

関連動画には「なんて優しい人だろう」「こういう大人になりたい」といった称賛のコメントが多く寄せられた。しかし一方で「(役者の)演技だろう」「またまた偽りの正能量ポジティブパワー)の宣伝か」といった懐疑的な意見も根強い。

これも「正能量」の宣伝か?

中国語の「正能量」はポジティブ・パワー、もしくはポジティブ・エナジーと邦訳される。「能量」とは日本語のエネルギーに相当する言葉なので、「正の能量」つまりプラスのエネルギーという意味になるのだ。

中国には、これを一つの物語にした「正能量報道」と呼ばれる報道がある。それらは人々に感動を与え、勇気を奮い立たせて、世の中に明るい希望をもたせるような「美談」であるものが多い。

ただし、注意しなければならないのは、こうした「正能量報道」が中国メディアで伝えられた場合、その多くが意図的に捏造されたフェイクニュースであることだ。

当局が、そのような正能量報道でプロパガンダを行う理由は「明るいニュースを世間に流すことで現政権への批判を回避し、責任を逃れようとしているからだ」と指摘する声もある。「美談」でごまかせるほど中国社会の現状は楽観的ではない、というのが現実的な市民感覚であろう。

都市封鎖における「美談」は当局のヤラセ

中国当局は昔から、そのような美談仕立てのプロパガンダを行ってきた。

昨年末まで約3年にわたって続いた「清零(ゼロコロナ)政策」のなかでも、それがあった。厳しい都市封鎖や建物封鎖で市民の自由を奪いながら、さかんに「美談報道」を行ってきたため、こうした当局の正能量報道に反感をもつ市民が増えている。

一例を挙げると、当時多くの中国メディアが「封鎖中の団地へ、ボランティア(実は演者)が食料品や生活用品を届ける」といった類の美談を報じていた。

これについて、SNS上には「そもそもボランティアなんて来ていない」「支給された物資はごく少量で、報道されていたような量ではない」といった批判が多く投稿されていた。

「人間の良心」が失われたわけではない

いまや、当局の「手の込んだ」正能量報道をあまりにも見てきたためか、そんな感動的な美談にかえって不快感を感じる人は多く、市民側も簡単に騙されるほど単純ではなくなったというのが実際のところだ。

「何にでも、とりあえず疑ってかかる。特に良い話は要注意」。そうして、まずは他人を警戒し、素直に信じる心を失なったのが今の中国人なのかもしれない。

しかし、善行をおこなう人は必ずいるものである以上、人間の良心が完全に失われたとは信じたくない。

「上海の地下鉄の優しい一コマ」が、当局の宣伝のために造られたものなのか、本当の優しさなのかは、わからない。

せめてあの動画から何かを学ぶとすれば、その真偽を疑うこととは別に、いつか自分も困っている人に出会ったら「あの地下鉄の婦人のように、自分に実行可能な優しさを分け与えられる人でありたい」と思う人が1人でも増えればよいのではないか。

そういう偽りのない「小さな優しさ」が増えれば、人間の世の中は、現状よりも少しは明るくなるだろう。

李凌
エポックタイムズ記者。主に中国関連報道を担当。大学では経済学を専攻。カウンセラー育成学校で心理カウンセリングも学んだ。中国の真実の姿を伝えます!
鳥飼聡
二松学舎大院博士課程修了(文学修士)。高校教師などを経て、エポックタイムズ入社。中国の文化、歴史、社会関係の記事を中心に執筆・編集しています。