その4 ウクライナ戦争に対して沈黙
習近平氏は、近代中国の歴史、尖閣諸島をめぐる日中間の紛争、台湾の統一について語るとき、侵略戦争に断固として反対し、国家の主権、領土保全、安全を守らなければならないとしばしば述べてきた。
2022年2月24日、プーチン氏はウクライナに対する侵略戦争を始めた。同年9月30日、ロシアはウクライナ東部のルガンスク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソンの4州を併合した。
これまでのところ、習氏はロシアによるウクライナへの侵略を非難したことはないし、ロシアによるウクライナ東部4州の併合を非難したこともない。さらに、習近平氏はウ戦争中、ロシアを経済的に輸血し続けている。
ウクライナ戦争において、習氏は事実上、ロシアに有利な偏ったアプローチを採用している。
侵略と反侵略に関わる問題、そしてロシアによるウクライナの主権、領土保全、安全保障に関わる問題において、習氏は100か国を超える国連加盟国とは逆行し、その結果、ロシアのウクライナ侵攻と領土併合に反対する多くの国や人々を怒らせた。
その5「金正恩王朝を支援する」旧態依然としたやり方への回帰
習近平氏は1期目の5年間、一度も北朝鮮を訪問せず、北朝鮮の金正恩氏を中国に招待することもなかった。その代わりに2013年7月3日に韓国を訪問した。
その当時、中国は韓国にとって最大の貿易相手国であり、最大の海外投資先であった。また韓国は中国にとっては第3位の貿易相手国であり、第5位の海外投資先でもあった。2013年の訪韓は習氏が国家主席に就任して以来、初めての単独外遊だった。
また習氏はこの1期目に韓国大統領を3度訪中させ、トランプ大統領の対北朝鮮国連制裁を支持した。中朝関係は1949年10月1日以来の最低にまで落ち込んだ。
この習氏のアプローチは正しかった。1950年代の朝鮮戦争が勃発して以来、北朝鮮は中国共産党にとって永遠に満足させることができない「恩知らず」になっていたからだ。
中共は60年以上の間、北朝鮮の金王朝を延々と援助し続けてきたが、金正恩氏は中共に感謝するどころか、逆に援助を当然のこととしていた。これは中国、中国人民、中華民族にとって全く好ましいことではなかった。
しかし2018年2月、金正恩氏は韓国で開催された冬季オリンピックへの参加を機に韓国との距離を縮め、南北首脳会談の開催を提案した。それに呼応して韓国側はトランプ大統領にメッセージを送り、米朝首脳会談の開催を提案することになった。
習氏は北朝鮮と韓国、米国の3か国首脳会談が決まると慌てて、金正恩氏を米朝首脳会談前の2018年3~6月にかけて3回、中国に招待した。中朝関係は極度の冷え込みから極めてホットな関係になった。
その後、習氏は再び中国人民の稼いだ金で北朝鮮の金王朝に「輸血」を続けるという旧態依然としたやり方に戻った。
その6 常識に欠け科学に反する「極端なコロナ政策」に固執
2020年のパンデミック後、習氏は武漢市の閉鎖を皮切りに、3年間の極端な「ゼロコロナ」を行った。武漢から全国に至るまで一人が陽性になると、他の無数の人々が封鎖され、そうした中で武漢から西安、上海、ウルムチまで、次々と悲痛な悲劇が起こってきた。
ウイルスをゼロにするという発想そのものが非科学的であり、常識を逸脱している。しかし、習氏は中国で3年間、この極端な「ゼロコロナ」政策に懸命に取り組んできた。
しかし2022年12月、習氏は突然政策を180度転換した。「ゼロコロナ」を完全に放棄し、ごく短期間で数億人の中国人が「すべて陽性になるべきだ」と言ったのだ。
2022年末、誰かが「ゼロコロナ」をこう総括した。
「盲目的に指示する者が頂点に立ち、底辺には盲目的にばかげた行動する者がいる。専門家は基本的に大衆を騙し、ニュースは嘘の流布に終始している。国民は苦しむしかない」
「極端な封鎖が極端な開放となった後、首都には車もなく、道路は閑散としており、若者は病院に、老人は葬儀屋に、遺骨の焼却を待つ人が大行列を作っている」
(続き)
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