毎回のことだが、中国の北京で重要会議や特別な行事がある場合、これに合わせて、地方政府から受けた不当な扱いや地方官僚の不正などを中央に直訴するため、全国各地からの陳情者が北京に殺到する。
陳情は、中国でも合法的な国民の権利である。しかし、地方政府としては、不正の実態を中央に知られることを何としても避けたい。そこで、地方からやってくる陳情者を阻止するため、北京と地方の公安当局が結託して、その排除に努めている。
今年も中国共産党にとっての建国記念日(10月1日)が近づいている。その敏感な日を控えるなか、北京では恒例の「陳情民の排除」が盛んに行われている。
地方当局と結託した北京警察
今月15日、江蘇省出身で現在海外(中国以外の国)にいるというあるネットユーザーは、「北京へ陳情にいった妹が不法に監禁され、連絡が取れない」とSNSで訴えた。「妹は、二度と北京へ陳情しに行かないと誓約する書類にサインしない限り、釈放されない」という。
この投稿者の江蘇省の家は、14年前に強制立ち退きに遭っている。妹は、過去に2回北京へ陳情しに行っているが、いずれも失敗に終わったばかりか、暴力的に排除され、地元へ強制送還された。「北京の警察は、陳情民である妹を地元公安(地方政府が北京に送り込んだ拉致要員)に引き渡すだけで、何もしてくれなかった」という。
深夜に宿泊ホテルを「急襲」
14日にSNSに投稿された動画のなかには、20数名の北京の警察官が、地方からの陳情民を排除するため、深夜にホテルなどの宿泊所を「急襲」する様子が映し出されていた。ある海外から帰国した華人は、宿泊する部屋の前で身分証などを確かめられ、まるで「外国のスパイ」であるかのような取り調べを受けていた。
他の動画のなかには、北京の街中で陳情民が警察らしき人物らによって暴力的に扱われたり、担ぎ上げられて、そのまま拉致される場面もあった。動画の中には「警察が暴力を振るった!」と大声で叫ぶ市民の声も収められている。
このほか、北京の地下鉄駅の出入り口で撮られたと思われるSNS投稿動画には、警官が乗客の身分証を確認したり、読み取り機械でスキャンするシーンがあった。
今月15日、北京の国家陳情局の前で撮影された動画のなかには、陳情民の長蛇の列があった。警察の暴力により、失神して地面に倒れ込む陳情者もいる。その陳情を阻止するため、警察が乱暴に取り押さえる場面もあった。
ある陳情民によると、「北京当局は最近、陳情民をターゲットとした取り締まりを強化している。深夜にホテルを捜索したり、国家陳情局前に並んで順番待ちをする陳情民を無理やり大型バスへ押し込み、拉致している」という。
陳情されて「失点」を恐れる地方政府
冒頭にも述べたように、地方政府から受けた不当な扱いや地方官僚の不正などを中央に直訴するための「陳情」は、全く合法的な権利だ。そのため北京には、国家陳情局という窓口も設けられている。
しかし、陳情する民衆が多いほど、地方政府の「失点」につながり、地方官僚の出世にも響く。そのため、各地方政府は地元の陳情者を北京に行かせないよう、血眼になって阻止するのだ。
もちろん、陳情民を拘束して引き渡してくれる北京警察には、地元政府から「謝礼」の賄賂が渡される。北京の警察も財政難であるため、こうした「副収入」は無視できない。
重要会議や敏感な日が近づくと、地方政府は「要注意人物」の監視を強化し、彼らの上京に神経を尖らすことになる。四六時中見張られたり、自宅軟禁される人も少なくない。「北京へ行ったら殺すぞ」と陳情者を脅迫する地元警察もある。
地元での妨害をすり抜けて、なんとか無事に北京へたどり着いたとしても、苦難はまだ終わらない。地方政府は陳情者を阻止するべく、屈強な要員を北京にまで派遣しているからだ。そのため、陳情者が北京駅や宿泊先などから強引に拉致されて、地元に連れ戻されるケースも多く報告されている。
中国の東北地方から北京にやってきたというある陳情者は、アポロニュースネットに対し「北京の陳情局に勤める一部の受付担当者は、すでに地方政府によって買収されている。陳情局に登録する陳情民の情報を、その地方当局に流している」と明かした。
知らせを受けた地方政府の要員はすぐに駆けつけ、陳情局を出る当該地方からの陳情民を待ち伏せし、車に押し込んで拉致するという。北京から地元へ送還された陳情民を待っているのは、自宅軟禁か刑務所だ。
「国の慶事の日」ではない
「問題を解決しないで、問題を提起する人を解決する(不解決問題、解決提出問題的人)」。
この有名な言葉通りのことが、正当な権利として陳情する民衆の身に、普遍的に起きているのである。
北京当局や地元当局の策謀により、陳情民が一時的に減っても、それで正義が果たされたわけではない。地方政府は相変わらず、庶民の不満の原因を解決するのではなく、自身の問題や不祥事を揉み消すことに精を出す。その結果、庶民の不満や反発がますます蓄積されていくのである。
今の中国社会はすでに「火薬庫」といわれるほど、国民の不満が蓄積されている。 いつ爆発するかは予測不可能であるが、その日は遠くないかもしれない。
本記事の最後に付言する。毎年の10月1日を、現体制の中国では「国慶節」と呼び、日本の各メディアも無批判でそれを使っているが、果たしてそれは適切な名称であると言えるのか。
在外の、中国共産党に騙されない華人は、この日を「国殤日(こくしょうび)」と呼ぶ。殤とは「死者を悼む」の意で、中国の古典『楚辞』にその典拠がある。
つまり「国殤日」とは、中国共産党によって祖国が強奪され「伝統中国が死滅した日」を意味するのだ。
「国の慶事の日」では決してない。まもなく迎える「10月1日」が中国にとって最も悲しむべき日であることは、昨今の中国の現状が、すでに十分すぎるほど証明している。
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