北京の故宮(紫禁城)の北側に「景山公園」という美しい公園がある。その公園内の丘は、紫禁城の堀からとった土を盛り上げて築いた「人工の山」であるというから驚く。
中国人の誰もが知っていることだが、この景山公園の丘の麓に、明朝最後の皇帝・崇禎帝(すうていてい)が、李自成の反乱軍に追い詰められ、首つり自殺をした槐(えんじゅ)の木がある。もちろん、明の滅亡は約380年前(1644)のことなので、現代に伝えられる「槐の木」は当時のものではない。
ただし今、その史実が、別なかたちで中国人の記憶のなかに、生々しくよみがえってきている。380年前の歴史が繰り返されることが、いよいよ現実味を帯びてきたからだ。
中国で先月出版された、崇禎帝を題材にした歴史書『崇禎:勤政的亡国君(崇禎帝:勤勉な亡国の君主)』が、当局によって全面的に回収され、販売禁止になったことがわかった。回収の理由は「印刷の問題」という。
この本は、実は2016年に『崇禎往事』という書名で、すでに出版されていた。当時から人気があった本であるが、今回、再版されるにあたりタイトルを変更し、そのうえ表紙には「愚策に次ぐ愚策。勤勉であればあるほど、国は滅びる」という宣伝コピーまで付された。
今回、事実上の販売禁止となった理由については、書名にある「亡国の君主」が習近平国家主席を暗示しているとともに、明朝の滅亡と同じく「中国共産党政権の終焉を連想させかねないため、当局に問題視されたのではないか」と見られている。
歴史学者で米国飛天大学教授の章天亮氏は、次のように分析する。
「すでに出版され流通していた本を、迅速かつ大規模に回収した。それはこの回収が、かなり上層からの命令であることを証明している。実際、習近平氏を明朝最後の崇禎帝に例える人は多かった。今回の歴史書の禁令は、間違いなく習氏が、描かれている亡国の君主(崇禎帝)を自身に結びつけたことを物語っている。これは(中共にとって)不吉な兆候だ」
豪州在住の歴史学者・李元華氏は、こう指摘している。
「この本は独裁政治のもと、スパイが横行し、腐敗が蔓延した明末について書かれたものである。その歴史は、現代の中国と非常に似ている。ただし、今の中国共産党が置かれた状況は、明代の当時よりもはるかに深刻だろう」
上層部からの特別命令があったからであろうが、当局は、すでに出版されていた書籍を慌てて回収した。その書籍は、まったく政治的な内容ではなく、ただ自国の史実を描いたものだ。このような不可解な動きが、かえって習近平氏が抱える異常な心理状態を浮き彫りにしていると言える。
明末の崇禎帝は、10代の若さで即位してから政務につとめ、特に悪名高い宦官の魏忠賢を排除した点は評価されている。
しかし崇禎帝は、猜疑心が異常につよく、有能な忠臣を次々に誅殺した。残った重臣は、無能な愚者ばかりだった。それが明の滅亡を早めたことは間違いない。景山に追い詰められて首を吊る崇禎帝の側には、1人の宦官のほかに、誰もつき従う臣下はいなかった。
これを今の中国人から見れば、どうしても現在の習近平氏の姿に重なるのである。いくら書籍を回収しても、その状況は変わらない。
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