世界各国で原子力の再評価、建設への関心が強まっている。衰退の危機にある日本の原子力産業には追い風となる。海外からの動きは状況をどのように変えるのか。
COPで盛り上がる原子力活用の期待
アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで12月に開催された国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)にあわせ、「世界全体の原発の設備容量を2050年までに3倍に増やす」との宣言が12月2日、発表された。米国エネルギー省の主導によるもので、22カ国が賛同した。温室効果ガスの排出を減らす対策の一環として、米国が呼びかけていた。
賛同したのは他に日本、フランス、英国、韓国、COP28議長国のUAEなど。また原子力発電所の新設を検討する東欧、アフリカ諸国の名前もある。フランスのマクロン大統領は、自ら署名式に出席して「原子力は重要な役割を果たす」と述べ、Xにその写真をポストするほどの意気込みを示した。
この宣言では「原発3倍」の環境整備として、原発関連プロジェクトを融資推奨の対象としていない世界銀行やその他の金融機関に対して、その融資を働きかけるという。国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP・FI)など世界の金融をめぐるネットワークでは、再エネは推奨されているが原子力の支援に消極的だ。
COPでは5日には世界の原子力産業界による「ネットゼロ原子力(NZN)イニシアチブ」が、政治での「3倍宣言」に協力することを誓約する「Net Zero Nuclear Industry Pledge」が発表された。世界120社・機関が賛同と署名をしている。日本からは、電気事業連合会、メーカー、ゼネコンなど13社が賛同。政府の宣言文書には署名していないロシア、中国企業も名を連ねている。
気候変動問題で、なぜか原子力が議論されない
COPでは、政治交渉に加えて、国連との協調の上に各国の民間団体、企業がイベントやP R活動を行う。これまでのCOPでは、原子力は大きく取り上げられなかった。政府間協議では、温室効果ガスの削減数値目標と経済協力ばかりが議題となった。技術協力、発電方法の議論は中心的な議題にならず、原子力も言及されなかった。
欧州の気候変動問題を牽引したのは、リベラル・左派勢力だ。その人たちは反核兵器、反原子力の政治運動をしていたので、気候変動で原子力をなかなか取り上げなかったのだろう。
ところが22年に新型コロナの影響で2年ぶりの開催になったエジプトでのCOPから、状況は変わった。原子力が大きく取り上げられた。ウクライナ戦争で国際エネルギー市場が混乱。そして欧州が依存していたロシアの原油、天然ガスを使いづらくなった。一方で、再エネに発電を完全に依存することもできない。化石燃料を使わず、経済活動に必要な安い電力を使うために、原子力に誰もが目を向けざるを得なかった。
米国原子力協会のニュースサイトによると、今回のCOPに出席した世界原子力協会のサマ・ビルバオ・イ・レオン事務局長は次のように語った。 「かつては政治的姿勢の犠牲だった原子力エネルギーが、初めて多くの国々の気候変動に関する議論や緩和計画に組み込まれている。私たちは重要な役割を果たしていると見なされている」 と状況の変化を強調した。
世界原子力協会によると、世界の原発は436基。発電電力の約10%をまかなっている。COP28に先立ちパリで開催されたWorld Nuclear Exhibitionで11月28日、IAEA(国際原子力機関)のグロッシー事務局長は数年以内に12~13か国が新しく原子力諸国の仲間入りをするだろうとし、ガーナ、ケニア、モロッコ、ナイジェリア、ナミビア、フィリピン、カザフスタン、ウズベキスタンがその候補であると発言したという。原子力のビジネスチャンスは今後広がりそうだ。
変化に加わろうとする日本政府、しかし動きは鈍い
当然、日本政府は飛びついた。西村康稔経済産業大臣は12月5日の会見で、この「原発3倍」の宣言に加入した理由について以下のように述べた。「世界全体でカーボンニュートラルを目指していくうえで、原子力の活用は極めて重要だ。現時点では、2050年に日本が原発の発電容量を3倍にすることは想定していない。世界全体で増やしていく中で、日本としてもそれぞれの国への技術支援や人材支援などに取り組んでいきたい」。
日本は東京電力福島第一原発の事故後、原発への依存度をできる限り低減するとしていた。エネルギー基本計画では、現在は1割以下の発電量に占める原発の比率を30年度に20~22%に引き上げるとする。日本国内で原子力3倍は難しいだろう。
だが、これは「原発回帰」にかじを切った岸田政権への追い風になるはずだ。22年末に岸田文雄首相が発表した脱炭素化のためのGX(グリーン・トランスフォーメーション)政策では、再生可能エネルギーとともに原発を「最大限活用する」とし、「想定していない」としていた新規建設方針も盛り込んだ。
しかし、この政策転換から1年が経過したが、具体的に何も動いていない。原子力関係者の間には「笛吹けど踊らず。口だけ」との失望が広がっている。東日本大震災における東京電力の福島第一原発のあとで、厳格審査の影響で、原子炉の再稼働が遅れている。33基の原子炉のうち再稼働ができたのは12基だけだ。しかも、新増設は具体化する気配がない。
形にならない原子力発電所の建設
また文章だけでは状況は動かない。世界各国で原子力発電所の建設計画が持ち上がるもののなかなか具体化しない。民主主義国では住民の反対が起きることもあり、また建設のための初期投資が数千億円レベルの巨額になるためであろう。
現に米国では、新型原子炉「小型モジュール炉(SMR)」開発を進める同国企業のニュースケール・パワーがアイダホ州での計画を11月に中止した。建設費の上昇に加えて、購入を予定していた米国の電力会社が採算を取れないと参加を取りやめたことが一因だ。
前述の講演で、世界原子力協会のレオン事務局長は、原子力産業に課題は多く「我々が目にし始めているこの政治的善意を、実行可能かつ現実的な政策に変える」必要があると指摘した。各国で認可と規制のプロセスを合理化し、資金を確保し、サプライチェーンの強化、人材育成などの問題を解決する必要があるという。
日本の原子力産業は「中露と対抗する自由陣営のもの」
それでも日本の原子力産業には、まだ希望がある。日本は原子炉を作れる世界で数少ない国で、東芝、日立、三菱重工の3メーカーがある。福島事故の処理、その後の国内での対策で、安全への知見を積み重ねた。しかも、原子力産業が活発に輸出を行っている、ロシア、中国と違う自由陣営の国だ。筆者は東欧の外交官とエネルギー産業をめぐる情報をやり取りしたが「日本の原子力は自由陣営の技術だ。世界のどの国も、中国やロシアの原子炉を使い、国の基盤になる電力システムに彼らをかかわらせたくない。頑張ってほしい」と期待していた。
日本の原子力産業は、国内での新設の可能性を探りながら、海外での受注で利益を確保して生き延びるしかないと、誰もが考えるだろう。現実の実行はなかなか難しい。それでも、今回COPで見られたような状況の変化を利用して、ビジネスに挑んでほしい。
日本企業の原子力での成功は、国益、そして世界の未来へつながる。日本政府、そして国民の応援が必要だ。失敗すれば、中国とロシアの原子力産業が、世界を席巻することになってしまう。
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