動画アプリ「TikTok」のとあるアカウント「Harlan Report」のプロフィール欄には、米メディアの偉大なる復興を宣言する文言が記されていた。
そこには、「客観的な事実のみを伝える」と書かれていた。
体制に批判的な多くのSNSアカウントと同様、Harlanの投稿する動画は一見すると政府の腐敗を暴露し、左翼に支配されたメディアの潮流に逆行する姿勢を見せていた。
ある投稿では、バイデン大統領がワシントンでのNATO首脳会談で性的な発言をしたとされる様子が拡散され、150万回以上再生された。
ところが、動画の内容はでっちあげだった。
動画の字幕はでたらめで、バイデン大統領は「性的な発言」などしていなかった。不可解な現象はこれだけではない。
Harlan Reportの投稿主は当初、自らをバイデン政権に失望した米退役軍人だと主張していた。しかしすぐに、ニューヨークに住む29歳のトランプ支持者へと経歴を変更し、さらに1か月後、フロリダ出身の共和党インフルエンサーに変わった。
その後、アカウント名が「Harlan_RNC」へと変更された。「RNC」とは米共和党全国委員会の略称で、共和党との公式的なつながりがあることをほのめかした。
しかし、Harlanは正規のニュースメディアでもなければ、アメリカ市民が運営するものでもなかった。
偽情報追跡を行う「Graphika」社が公表した報告書によれば、Harlan Reportは、世界最大規模の影響工作を背景に持つ数千のアカウントの1つであることが明らかになった。
その影響工作は通称「スパモフラージュ」と呼ばれ、中国を拠点とした偽情報工作を指す。中国共産党(中共)の法執行当局が背後にいるとみられている。
Harlan Reportのような米保守層をターゲットとしたものは珍しく、工作活動のほとんどは既存の社会や政治に対する批判を増幅させることだ。
他に、民主党や無党派層をターゲットとしたものもある。狙いは、彼らをことごとく政治プロセスから引きずり下ろすことだ。
アメリカの反戦活動家を騙ったアカウントでは、囚人服に身を包んだトランプ前大統領を「fraud(詐欺師)」と呼ぶネットミームが拡散された。その他、バイデン大統領の正当性に疑問符をつける投稿もある。
Harlan Reportの最大の特徴は、フォロワーの獲得に成功していること、そして他の広告主と同様に、ニッチな(個性的な、マニアックな)視聴者を狙ったコンテンツ発信において先駆的な役割を果たしていることだ。
アメリカ安全保障担当者らは、中共が経験を蓄積し、HarlanのようなSNSアカウントを生成し続けるのではないかと懸念している。これらのアカウントはアメリカ市民を騙り、非常に細かいレベルでアメリカ国民の好き嫌いを利用した世論操作工作を行う。
この問題については米下院の「アメリカと中共間の戦略的競争に関する特別委員会(中国特別委員会)」が注意を払っており、各プラットフォームの運営会社に対してその深刻性を認識するよう圧力をかけている。
「中共が偽アカウントを通じて、来る選挙を動かそうとしているのは、何ら驚くことではない」。中国特別委員会委員長を務めるジョン・ムーレナー議員(共和党、ミシガン州)は声明でそう語った。
「議会は、SNSプラットフォームの運営会社が中共のプロパガンダを暴露し、アメリカ市民を欺こうとしている中国共産党のbotアカウントに対してしかるべき処置を下すことを支持する」
中共のターゲット戦略
選挙に影響を与えようとする外国勢力は以前から確認されているが、その存在感が増し、成果を収めるようになったのは最近になってからだ。
サイバーセキュリティを担う「Recorded Future」社は8月、中国、イラン、ロシアの3か国全てが2024年アメリカ大統領選挙に介入するための影響工作に関与しているとの報告書を発表した。
報告書によれば、中共を背後とした工作活動では「対立が深まるアメリカ国内問題を強調するようなコンテンツが拡散」されている。「ブラック・ライヴズ・マター」、大学キャンパス内での抗議デモ、イスラエルやウクライナをめぐる外交政策などの問題を押し出し、アメリカ分断の種を蒔いている。
イランを拠点とした影響工作では、トランプ氏の再選を防ごうとトランプ側近への浸透が行われている。
ロシアを背景とするものは、ハリス副大統領に関するでっちあげの主張やイメージを拡散することで、民主党の名誉を失墜させようとしている。
報告書では、スパモフラージュを含めた中共による失敗続きの影響工作がここ最近は各所で成功を収めていると指摘されている。
その成功要因は、人工知能(AI)とディープフェイクの多用によるところが大きい。これらは、ターゲットとする視聴者の情緒を扇動することができる。
アメリカ国防省元サイバーセキュリティ担当のジョン・ミルズ氏は取材に対し、中共はAIを用いてユーザーデータを整理・分析させ、さらに効果的な世論工作へ役立てようとしていると語る。
「人々は、ビッグデータ、ビッグデータ分析、AIがもたらす凄まじい力を過小評価しているが、中国はそれを信じ難い規模で運用している」とミルズ氏は述べた。
「彼ら(中共)は、特定の個人の好みやトリガー(物事を引き起こすきっかけ)に合わせて、カスタマイズされたコンテンツが表示されるようにプログラムしている」
アメリカ国家情報長官室(ODNI)は7月、選挙のサイバーセキュリティに関する公開文書を発表し、中共がアメリカのSNS上での情報収集力および監視体制の強化を試みていると指摘した。さらなるデータ蓄積を通じてアメリカの世論を操作するためだとみられている。
ミルズ氏は、中共はデータをもとに、より直接的にユーザー同士のコミュニケーションを観察しており、さらに効果的かつ発見されにくい影響工作が行われるようになると指摘する。
これらの工作活動の結果、アメリカにおいて、現実あるいは偽情報に対する集団不信、集団ヒステリーを引き起こす可能性がある。ミルズ氏はこれを「人為的な集団サイコーシス(精神病)」と呼ぶ。
「これは心理戦の始まりだ。ターゲットとなる群衆を特定し、そのトリガーを把握する。これこそ、中共がスパモフラージュで行っている大規模な影響工作であり、偽アカウントの作成もこの一環だ」
昨年、フェイスブックなどを運営するメタ社はスパモフラージュの一環とみられる偽アカウントを大量に削除した。その数はおよそ4800に上り、同社はスパモフラージュを「世界最大級」のオンライン影響工作だとしている。
典型的には、偽アカウントは初めから偽情報を拡散するわけではない。まずは、リベラルや保守に関わらず既存の政治家やニュースメディアが報じたコンテンツを共有し、フォロワーを獲得する。その後、分断をあおるコンテンツを発信する、という流れだ。
フォロワーが増加するにつれ、アカウントのプロフィールが変化し、投稿する内容が変化するのも特徴だ。
ミルズ氏は、このような個人を特定・利用する技術は、これまで大手IT企業が消費者の選好分析を行う際に用いてきた方法と実質的には同じものだと指摘する。
「ネットでトレーラーヒッチ(車両けん引装置)を探していた時、トレーラーヒッチの広告がいたるところに表示されるようになった」
ミルズ氏は、「中国は現在、かつてアメリカの巨大IT企業が行っていたことを繰り返している。大きく異なるのは、より大規模に、悪意を持って、ルールや規制なしに行われているということだ」と警戒を呼びかけた。
中共の意図
中共が対米影響工作から一体何を得ようとしているのか、今現在のアメリカ政府は明確な答えにたどり着けていない。そもそも、中共が特定の目的をもっているのかについても、各省庁の間で意見が異なる。
国土安全保障省は10月2日に発表した「2025Homeland Threat Assessment(国土脅威評価報告書)」で、「反政府工作を通じてアメリカの分断をあおり、各機関に対する信頼を失わせる試み」は今後も増えていくだろうと予測している。
近頃、ODNIは記者団に対し、ロシアのサイバー部隊がトランプの当選を目的とした工作活動を行っていると主張する声明を伝えた。
一方、ODNIが発表した選挙のサイバーセキュリティに関する最新のファクトシートでは、中共は米大統領選に「おそらく介入するつもりはない」としている。
ミルズ氏は逆の立場をとり、中共は「選挙介入を試みている」と考える。既存の国際秩序に挑戦する中共に対して効果的なカウンターを仕掛けられない大統領を選び出す、という企みだ。
「中共の作戦は何か。憎悪と不満を増幅させたいだけのロシアとは対照的に、彼らは選挙介入をしてくるだろう」
報告書によれば、バイデン政権による対中報復措置はないだろうと踏んでいる中国共産党はこれまで以上に対米選挙介入へ躍起になっている。
自分の身は自分で守る
あいまいなのは中国共産党の目的だけではない。市民を守るべき政府機関も、影響工作の識別及び対処方法について公式見解を示せていない。
米サイバーセキュリティ・社会基盤安全保障庁(CISA)のケイト・コンリー上級顧問は今年の4月、とりわけ2024大統領選挙期間中においてCISAは外国による影響工作の脅威を排除する体制ができていると述べた。
コンリー氏は、「選挙はアメリカの民主主義を支える柱だ」と強調。敵対する外国勢力は意図的に選挙インフラを標的とし、影響工作を仕掛けていると指摘した。
「官民が一丸となってこの戦いに臨めるよう、CISAはその責務を果たすつもりだ」
市民が外国による影響工作を識別し、それに対処する方法に関してエポックタイムズがCISAにコメントを求めたが、CISAはコメントを控えた。
アメリカ国家情報長官室にもコメントを複数求めたが、発表時点までに回答を得られていない。
選挙を狙った影響工作に対処する具体的な措置に関して米国務省に問い合わせたところ、「情報に関する海外情勢を注視している」との回答を得た。
エポックタイムズは国土安全保障省にもコメントを求めている。
Graphika社およびRecorded Future社も、検出した有害コンテンツに対する識別や対応策についてのコメントを控えた。
一方、Recorded Future社は9月に公開した報告書で、ディープフェイクによる風評被害を懸念する個人や団体が、ファクト・チェック機関、ソーシャルメディア・プラットフォーム、報道機関などと連携して対応すべきだと述べている。
これは大きな問題だ。報告書によれば、拡大する外国の影響工作が頻繁にアメリカ世論をミスリードし、選挙活動に介入している。
研究によると、市民のほとんどはディープフェイクに気づくことができない。その点で、これらに対処するための政府による助言は、市民のメディアリテラシー(メディアを主体的に読み解く能力。 メディアにアクセスし、活用する能力。 メディアを通じコミュニケーションする能力)向上に資するだろう。
米ケネソー大学の学術誌『Journal of Cybersecurity Education, Research and Practice』によれば、赤の他人のディープフェイクに気づく者はほとんどおらず、知り合いのディープフェイクであっても気づかない割合が30%にのぼることが明らかになった。
仮にディープフェイクを見抜いた場合でも、その発信内容が過激なものだった場合は一定の影響を被る可能性があると指摘している。
サイバー心理学を扱う論文誌『Computers in Human Behavior』のある研究は、「偽情報は、後に削除された場合でも人々の政治理念を左右することがある」と結論づけた。
「一部の情報が不確かであることを認識していても、その影響から完全に免れることは難しい」「突拍子もない偽情報が人々の政治理念を知らぬ間に左右する可能性さえあるということだ」
影響工作がもたらすディープフェイクの蔓延は、長期的に市民の間で候補者に対する憎しみや不信感を醸成しうる。
ミルズ氏は、「中国共産党の企みから身を守るガードレールのようなものは存在しない」とした上で、「ネット上で触れるコンテンツに対し、ものすごく慎重な態度を保つべきだ」と語った。
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