ミャンマーを拠点とする中国系特殊詐欺グループが、中国の若手俳優やモデルを誘拐し、オンライン詐欺の実行役として利用していた事件が明らかになった。さらに、日本人を含む様々な国籍の人々がこのグループにより監禁されている可能性が浮上している。
1月3日、中国の俳優・王星(おう せい)(31)氏が偽のオーディションでタイに誘い出されたが、タイとミャンマーの国境付近で失踪。その後、ミャンマーの詐欺団地に誘拐されていることが判明した。詐欺団地とは組織犯罪集団が犯罪に利用する詐欺の拠点で、近年、偽の求人に騙された被害者を強制労働させるケースが増加している。
世論の圧力を受け、タイ政府と中国共産党(中共)政府が対応に乗り出した。7日、王氏はタイ警察に引き渡された。同月10日、王氏はバンコクから帰国した。タイ警察はこの事件を「人身売買」として捜査している。
救出の経緯
報道によると、王氏はWeChatで連絡を取っていたある人物から、高額な報酬と仕事のチャンスをエサに引きよせられタイ王国の首都バンコクを訪れた。相手はタイの大手エンターテインメント会社の代理人を装っていたという。王氏の恋人によると、3日午前4時、王氏はバンコクのスワンナプーム国際空港に到着した。王氏は俳優のキャスティングを統括する人物が手配した車両に乗り、空港から目的地へ向かっていたが、午後12時頃に連絡が途絶えた。失踪前はタイの国境の町・メーソートに滞在していたことが分かっている。
この町の対岸に位置するミャンマーのミャワディ地区は、詐欺団地が集まる場所として知られている。王氏の弟は警察に捜索を依頼したが、中共の警察は事件として立件せず、中共大使館もタイの地元警察への協力を勧めるにとどまった。
王氏の恋人が微博(Weibo)で投稿した救助要請が拡散され、俳優や歌手などの著名人も拡散することで、中国共産党(中共)とタイ政府への圧力が高まった。その結果、失踪から4日後に救出が実現したが、中共政府は救出の詳細や王氏が拘束されていた詐欺団地についてほとんど情報を公開していない。
王星氏の証言
王氏は、救出時点でも同じ詐欺団地に50人の中国人が拘束されていたと明かした。
1月8日、救出後に王氏はタイのメディアに対し自身の体験を語った。王氏によると、騙されてタイに渡航したが、到着直後に頭を剃られ、その後、50人以上の中国人が拘束されている建物内でタイピングの練習を強制されたという。さらにインターネット詐欺の短期集中講座を強制されていた。
タイのメーソート警察署が公開した王氏の写真には、剃髪した姿で白いスポーツウェアを着用し、脚には赤い斑点が見られる様子が写っている。身体の健康状態は概ね良好とされるものの、精神的には疲労がうかがえる。
王氏の証言は、ミャンマーの詐欺団地で行われている強制労働や人権侵害の実態を浮き彫りにしており、国際社会からの注目が高まっている。
多くの国に広がる被害
ミャワディ地区にはモエイ川沿いに30以上の詐欺団地が存在し、人身売買やネット詐欺の温床となっている。タイ警察の統計によれば、毎年約7万人の中国人がタイを経由して、ミャンマーに連れ去られている。その多くが電話やメール、ショートメッセージなど使用して騙す電信詐欺や、その他の違法活動に従事させられているという。
被害に遭っているのは、中国人だけではない。
タイの市民グループの調査によると、ミャンマーにある中国系の特殊詐欺グループの拠点に、21か国から6千人以上が監禁されている。中には日本人6人が確認された。
27歳の台湾人の火舞パフォーマー・謝岳鵬(しゃ がくほう)氏が、Facebookで応募した海外公演の仕事を信じ、昨年12月25日にタイへ渡航。ミャンマーの詐欺団地に誘拐され、家族に身代金を要求された。台湾とタイの警察、反詐欺協会が連携し救出作戦を実施した。14日早朝、謝氏はタイ・ミャンマー国境から救出され、バンコク経由で無事台湾へ帰国した。
また、電信詐欺は中国人だけでなく、SNSを通じて世界中の人々を標的にしている。米経済学者の黄大衛氏によると、「ミャワディ地区の詐欺団地は、タイ、ミャンマー、ラオス、カンボジアの国境地域やドバイに広がる多くの詐欺拠点の一つにすぎない」と指摘している。
これらの詐欺団地は中国の通信供給チェーンと密接に関連している。2023年には雲南省昆明市で約1万1500枚のSIMカードがミャンマー北部への密輸直前に押収された。また、中共警察は通信業者の内部関係者が詐欺グループに約8千万枚のSIMカードを提供していた事実を明らかにしている。
これらの実態は、国際的な詐欺ネットワークの深刻さを示しており、取り締まり強化の必要性が高まっている。
被害者家族の自主的な救助活動
王星事件が明るみに出た後、中国ネット上で被害者家族による救出要請の投稿が急増している。1月7日、被害者家族が「星星帰国計画」と名付けたオンライン文書を公開。被害者の性別、年齢、失踪日時、現在の居場所、事件の経緯などを記録するための情報を収集した。この文書は公開直後から多くの関心を集め、1月11日までに1100人以上の情報が記載された。しかし、この文書は中国国内で更新が停止されたため、被害者家族らはデータを海外のGoogleドキュメントに移行。1月14日には1359件の情報が集まった。
オンライン文書の「立件事由」欄には、「未立件」や「警察が立件を拒否」と記載されたケースが多数見られた。一部の家族や被害者本人は引き続きインターネット上で救助を求めているものの、中共政府からは明確な対応が示されていない。
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。