多くの経営者が、長年続けてきたESG(環境・社会・ガバナンス)やDEI(多様性・公平性・包括性)プログラムが法的・財務的リスクを招くことに気づき始めている。
2024年には、フォーチュン500企業の多くが従業員を対象とした人種や性別に基づくプログラムの廃止や、地球規模の「ネットゼロ(炭素排出実質ゼロ)」クラブからの脱退を発表した。
これまでにDEIプログラムの縮小や中止を発表した企業としては、メタ、ウォルマート、フォード、マクドナルド、ハーレーダビッドソン、ジョンディア、ローズ、トヨタなどが挙げられる。
さらに、2024年のアメリカ大統領選後数週間以内に、ゴールドマン・サックス、シティグループ、ウェルズ・ファーゴ、JPモルガン・チェース、バンク・オブ・アメリカ、モルガン・スタンレーの6つの大手米国銀行が国連主導の「ネットゼロ・バンキング・アライアンス」から脱退した。
ネットゼロ資産運用者イニシアチブ(NZAMi)は1月13日、投資大手ブラックロックが1月9日に同クラブからの脱退を発表したことを受け、活動停止を発表した。この動きは、2023年にネットゼロ保険アライアンスのメンバーの半数が組織を離脱したことに続くものだ。
これらの動きを受けてESG運動の終焉を予測する声が強まっている。
非営利団体「1792エクスチェンジ」のCEOであり、ケンタッキー州元司法長官のダニエル・キャメロン氏は、「ESGとDEIは終わりに近づいている」と述べた。同氏は大紀元に対し、「国民の多くは企業に優れた製品を提供し、良質なサービスを開発することを期待しており、特定の政治的アジェンダを推進することを求めていない」と語った。
2024年11月の選挙で共和党が勝利したことにより、進歩的な企業運動からの離脱がさらに加速すると予測されている。
「トランプ大統領の当選はESG支持者に警鐘を鳴らした。複数の大手銀行や資産運用会社が国連の反化石燃料カルテルから離脱したことは、ESG運動が瀕死の状態であることを示している」と、ライリー・ムーア下院議員は述べた。
1月16日、ナスダック証券取引所は2021年に制定した多様性ルールの撤回をSECに申請した。このルールは、同取引所に上場する企業には、少なくとも2人の「多様性のある」取締役を置くことが義務付けられている。その中には「女性として自認する人物を少なくとも11名」や「黒人、ラテン系、アジア系、先住民、複数の人種、またはLGBTQ+と認識する人を少なくとも1名」とするものだった。しかし、控訴裁判所がこのルールを無効と判断したため、撤回に至った。
ESGは企業にとって有益か?
ESGは、2004年に国連が提唱した理念で、「持続可能な開発目標(SDGs)」を民間企業に広めることを目的としている。ESGはDEIと共に、社会に貢献しつつ、企業の収益向上にも役立つリスク管理ツールとして評価されてきた。
2022年、テキサス州上院での証言で、資産運用大手ブラックロックの外部業務責任者ダリア・ブラス氏は、「低炭素経済への秩序ある移行は、顧客のポートフォリオにも非常に有益だ」と述べた。一方で、ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズの最高投資責任者ロリ・ハイネル氏は、「どの期間においてもこれが収益に良いという証拠はない。むしろ逆の証拠を見てきた」と発言し、見解が分かれたことが浮き彫りになった。
コンサルティング大手のアーンスト・アンド・ヤングは「ESGリスク管理は必須な取り組みになっている」と指摘。2023年同社の2023年経営幹部インサイト調査では、90%の企業がESGプログラムを導入しており、取締役会やESG最高責任者が進捗具合を監督していると報告。
ハーバード・ビジネス・レビューの2022年の調査によれば、アメリカ企業の3分の2が人種または性別に基づくDEIプログラムを導入している。ウェルズ・ファーゴやJPモルガン・チェース、デルタ航空、ラルフ・ローレン、エスティローダーなどは、人種に基づく採用・昇進ポリシーを実施。ユナイテッド航空は2021年、新入パイロット訓練生の半数を女性または「有色人種」とする方針を発表した。
マッキンゼー・アンド・カンパニーは2023年、女性や多様な人種を雇用する企業は「財務的に大きな成果を上げる可能性が高い」と述べた。しかし、S&P500企業のパフォーマンスを分析した2024年の研究では、企業の人種的多様性と売上、利益、株式パフォーマンスに統計的な有意性は見られなかった。
この研究を執筆したテキサスA&M大学のジェレミア・グリーン教授とノースカロライナ大学のジョン・ハンド教授は報告書で、「マッキンゼーの方法論には誤りがあり、根拠としては不十分」と結論付けている。
近年、ESGやDEIは企業内のブームに過ぎず、その影響力が低下しているとの指摘が増えている。投資会社バンセン・グループの創設者デイビッド・バンセン氏は、「ESGやDEIを信奉する人々はもともとそれほど多くなく、実際には単なるパフォーマンスや利益追求の動きだった」と語る。ただし、「一部の真の信奉者は残るが、投資業界では少数派にとどまるだろう」とも述べた。
運動から産業へ ESGの拡大とその影響
かつて企業界を席巻していたESGは、単なる運動から巨大な産業へと進化を遂げた。しかし、現在その勢いは弱まりつつある。このESG産業には、資産運用会社、コンサルタント、格付け機関、会計士、株主への議決助言を行う代理人、年金ファンド管理者、さらには気候関連団体が含まれていた。
この産業はウォール街や州・国家の年金基金などから数十億ドル規模の資金援助を受け、2024年にはESG投資額が300億ドルを超えたとブルームバーグ・インテリジェンスが報告している。また、モルガン・スタンレーの調査では、2023年には世界の資産運用額の約8%が「サステナビリティファンド」によるものだった。
これは氷山の一角に過ぎなかった。
世界の資産運用市場は少数の大手運用会社に集中しており、その中でも「ビッグスリー」と呼ばれるブラックロック、ステート・ストリート、バンガードが主導的な役割を果たしている。この3社はインデックスファンドを通じて20兆ドル以上の資産を管理しており、これはアメリカのGDP(約29兆ドル)に匹敵する規模である。
2022年の研究では、「ビッグスリー」がS&P500企業の中央値で21.9%の株式を保有し、企業の年次総会での投票権は全体の24.9%に達していることが示されている。また、カリフォルニア州の年金制度(CalPERS、CalSTRS)やニューヨーク州の年金基金も、企業にESGの理念を採用するよう圧力をかけている。
これらの資産運用会社は、国連が支援する「ネットゼロ同盟」(NZAMiやNet-Zero Banking Alliance)や「Climate Action 100+」などの団体に参加してきた。
2017年設立のClimate Action 100+は、「世界最大の温室効果ガス排出企業が気候変動に対する行動を取るよう促す投資家主導の取り組み」と称しており、2024年の年次報告では、80%の企業が2050年までにネットゼロ目標を約束するよう説得に成功したと述べている。
バイデン政権もESG運動に注力した。2021年には、バイデン前大統領は多様性、公平性、包括性(DEI)を推進する大統領令に署名。2022年には、労働省が規則を改定し、年金運用者が「気候変動やその他のESG要因」を考慮して投資することを認めた。これ以前のトランプ政権下では、年金運用は収益最大化のみに限定されていた。
さらに2024年3月、証券取引委員会(SEC)は「グリーン会計(green accounting)ルール」を導入し、上場企業に「気候関連リスク」、二酸化炭素排出量、排出削減戦略を監査・報告することを義務付けた。
「終わりの始まり」ESGとDEIを巡る変化
トランプ大統領は、連邦政府全体および連邦資金を受ける大学でのDEIプログラムの廃止を公約にしている。この動きを受け、FBIは2024年12月に「多様性と包括性」オフィスを閉鎖したと報じられている。
また新政権では、SEC(証券取引委員会)の「グリーン会計ルール」の撤廃や、ERISA年金基金の非金銭的要素に基づく投資を禁じる以前の政策の復活も見込まれている。
ESGへの批判が高まる中、依然としてその影響が完全には消えていないと指摘している。「これは終わりの始まりだ」と、消費者団体「コンシューマーズ・リサーチ」のウィル・ヒルド事務局長は大紀元に語った。「勢いは確実に変わったが、まだやるべきことが山積している」と述べた。
ヒルド氏は、ブラックロックがNet Zero Asset Managers(NZAMi)から撤退し、この団体が活動を停止したものの、「ブラックロックを含む多くの企業がネットゼロ推進のコミットメントを否定していない」と指摘した。
多くの保守的な資産運用マネージャーも同様の意見を示している。
インスパイア・インベスティングのポートフォリオマネージャー、ティム・シュワルツェンバーガー氏は「企業アメリカからESGやDEIを排除する闘いは始まったばかりだ。問題のあるDEIプログラムを終了した企業は少数で、依然として多くの企業がこの方針を維持している」と語った。
さらに、「バイデン政権がESG運動のピークであったと振り返る日が来ることを願っている」と付け加えた。ESGから離脱した企業は厳しい批判を受けている。ブラックロックがNZAMiから撤退した際、環境団体シエラクラブのベン・カッシング氏は、「気候変動否定派の政治家に屈することは、資産運用者が投資家の資産を守るための受託責任を損なう」と批判した。
また、シェアアクションの政策担当ディレクター、ルイス・ジョンストン氏は、NZAMiの活動停止を「後退」と呼び、「気候リスクは財務リスクだ。このグローバルな課題に対処するには協力が不可欠だ」と述べた。
2023年、ブラックロック、JPモルガン・チェース、ステート・ストリートが「Climate Action 100+」を離脱した際、ニューヨーク市会計監査官のブラッド・ランダー氏は、これらの企業が「気候変動否定派に屈した」と批判。ニューヨーク市の資金を進歩的な資産運用会社に移すことを示唆した。
法的リスクとESGへの圧力
左右両陣営からの圧力が高まる中、企業幹部やファンドマネージャーにとって、ESGイニシアチブが引き起こす法的責任が大きな懸念となっている。
「企業は顧客や従業員の反発、財務的責任、そして法的および規制上のリスクに直面している」と、インスパイア・インベスティングのティム・シュワルツェンバーガー氏は述べた。
2024年1月13日、アメリカ連邦地裁は アメリカン航空がファンドマネージャーにESG投資を許可したことで、従業員の退職金の取り扱いを不適切にしたとの判決を下した。
ESG運動が最盛期にあった時期、多くの企業幹部は「多数であれば法の追及を免れる」と考えていたようだ。しかし、法律専門家によれば、ESGを放棄する企業が増えるにつれ、依然としてESGにコミットする企業は従業員や投資家による訴訟、さらには連邦や州の当局からの法的措置に対して脆弱になる。
「『みんなが法律を無視すれば大丈夫』という考えは過去にも失敗してきたし、これからも失敗するだろう」とテネシー州のジョナサン・スクルメッティ司法長官は語った。「法律は法律だ。いくつかの企業が離脱すれば、『みんながやっている』とは言えなくなる」と述べた。
2023年12月、スクルメッティ氏はブラックロックに対し、同社が投資戦略におけるESG要素の影響についてテネシー州の消費者を誤解させたとして消費者保護訴訟を起こした。
法律事務所ベイカー・マッケンジーが600人の企業弁護士を対象に実施した調査によると、2024年における最も大きな訴訟リスクとしてESG関連訴訟が挙げられており、前年の2位から順位を上げた。これには、ESGイニシアチブを支持する訴訟と反対する訴訟の両方が含まれる。
主な法的リスクとしては、次のようなものがあると専門家は指摘している。
- 公民権法違反 2022年10月、アメリカ最高裁は、ハーバード大学とノースカロライナ大学における人種を基準とした入学方針が公民権法に違反すると判断した。この判決を受けて、13州の司法長官がアメリカ内の大企業に書簡を送付し、「人種に基づく雇用や契約慣行は違法である」と強調した。
- 独占禁止法違反 ESG主導の協調行動が市場競争を阻害する可能性がある。
- 消費者保護法違反 ESG関連の情報が不正確または誤解を招く形で提供されている場合、企業は消費者からの訴訟リスクを負う可能性がある。
ディズニーは2023年のSEC提出資料(アメリカ証券取引委員会に提出される、企業の正式な報告書類)で、ESG関連の活動が評判やブランドにリスクを与える可能性があると明記した。この背景には、フロリダ州の「親の権利法」に対するディズニーの反対運動や、子供向けコンテンツへの物議を醸すテーマの挿入が要因となり、売上と株価が大幅に下落したことがある。
2023年11月、大手小売企業ターゲットの株主が同社と取締役会を提訴した。訴状では、ターゲットが「ESGおよびDEIに関する方針について虚偽または誤解を招く発言を行い、2023年に実施した子供や家族をテーマにしたLGBTプライドキャンペーンが失敗した」と主張している。この結果、ターゲットが「主要な顧客層である働く家庭や投資家の信頼を裏切った」と批判している。
同年には、スターバックスが人種を理由に白人従業員を解雇したことが判明し、2500万ドルの賠償金を支払った。
トランプ政権がESGに関する公民権法や独占禁止法の施行にさらに厳しい姿勢を取ることを予想し、多くの企業が自社の方針を見直している。
スクルメッティ氏は「多くの企業がこの分野で過剰な対応を取ったが、法律そのものは変わっていない。「今後、多くの訴訟が発生すると考えられる。トランプ政権が長年存在していたこれらの法律を厳しく適用し始める前に、企業が迅速に法的正当性を確保しようとしているのはそのためだ」と指摘した。
「アメリカは個々の自由を重んじる国である。人々を肌の色のような些細な違いで分類し、一部の人々を他と異なる扱いをすることは、悪そのものだ」と語った。
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