ローマ法王フランシスコが死去し、バチカンでは新たな法王を選ぶ「コンクラーベ」が近く実施される見通しとなった。伝統的な密室選挙には、日本人枢機卿2人も参加する。今回の選挙は、歴代法王を予言したとされる「聖マラキ預言」との関連でも注目されている。
フランシスコ法王は2025年4月21日午前7時35分(現地時間)、バチカンのカサ・サンタ・マルタ(枢機卿の宿泊施設、事実上の自宅)で逝去した。88歳だった。法王は2月中旬から呼吸器の感染症や肺炎の治療のためローマ市内の病院に1カ月以上入院し、退院後は徐々に公務を再開していた。死去の前日にはサンピエトロ広場で復活祭のミサに姿を見せ、巡礼者に祝福を送っていた。死因は公式には明らかにされていないが、直前まで肺炎などの治療を受けていた。法王の生涯は、貧しい人や疎外された人々への奉仕、平和の訴え、そして普遍的な愛の実践に捧げられたとバチカンは発表している。
新法王選挙であるコンクラーベの語源はラテン語で「鍵をかけて」という意味である。13世紀、法王が3年間も選出されなかった事態を受け、枢機卿たちを鍵をかけた部屋に閉じ込めて選出を促したことが始まりとされる。現在もこの伝統は続いており、法王の死去後、15日から20日以内にバチカンのシスティーナ礼拝堂でコンクラーベが開始される。選挙権は80歳未満の枢機卿に与えられ、今回は約140人が対象となる。選挙は秘密投票で行われ、3分の2以上の票を得るまで繰り返し投票が行われる。新しい法王が決まると白い煙が上がり、決まらなければ黒い煙が出される。
聖マラキ預言の内容
聖マラキ預言は、12世紀のアイルランドの大司教・聖マラキが記したとされる文書で、歴代ローマ法王について短いラテン語の標語で予言したものと伝えられている。この預言は1595年に出版された書物で広く知られるようになった。
預言には、1143年から始まる116代目の法王ケレスティヌス2世以降、112人の法王について、それぞれの特徴や出身地、紋章などを連想させる短い標語が記されている。多くの標語が歴代法王の特徴と一致すると考えられてきた。
特に注目されるのは、112人目の法王に関する預言である。その部分には「極限の迫害の中で、ローマ人ペトロが着座する。彼は多くの苦難の中で子羊(信徒)を司牧し、七つの丘の町(ローマ)は崩壊し、恐るべき審判が人々に下る」と記されている。この「七つの丘の町」はローマを指すとされ、カトリック教会や世界の大きな変化を示唆していると解釈されてきた。
聖マラキ預言を支持する意見
聖マラキ預言を支持する人々は、預言の標語と歴代法王の特徴や治世の出来事がよく一致していると主張している。例えば、第110代法王ヨハネ・パウロ2世については「太陽の労働」という標語が与えられており、彼が皆既日食の日に生まれ、世界中を巡って活動したことがこの標語と結びつけられている。また、第111代法王ベネディクト16世には「オリーブの栄光」という標語があり、ベネディクト会の象徴がオリーブであることから、これも預言と一致しているとされる。
さらに、預言の最後にあたる112番目の標語「ローマ人ペトロ」については、「この人物が法王の座に就いている間にローマが崩壊し、最後の審判が訪れる」と記されている。現法王フランシスコがこの「最後の法王」に該当するのではないかという見方もある。
19世紀にはフランソワ・キュシュラという聖職者が、聖マラキ預言は真作であり、当時の法王インノケンティウス2世を励ますために献上されたが、その後バチカンで秘匿されていたため証言が残っていないのだと主張した。この説はカトリック百科事典などでも紹介されている。
また、預言の標語は本名や直接的な表現ではなく、象徴や比喩で記されているため、解釈の幅が広く、歴代法王の特徴や時代背景を的確に表現していると考える支持者も多い。
このように、聖マラキ預言を支持する人々は、標語と歴代法王の一致、象徴的な表現の的確さ、そして預言が持つ神秘性を根拠としている。預言が真作か否かについては学術的な議論が続いているが、支持者の間では「神の予知の証拠」として受け止められている。
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