オンライン百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」は、全世界のウェブサイトのアクセスランキングで9位に付く、人気の高いサイトだ。誰でも何度でも自由に書き換えられるこの辞書は、最近、中国共産党政権の認識に沿った内容に書き換えられている。特に、台湾や香港、領土の係争地域などは頻繁に改変されている。
たとえば台湾について、「国」か「中華人民共和国の一部」か、さらに4カ月続く香港の市民デモでは、参加者が「抗議者」なのか「暴徒」なのか、日本の沖縄県石垣市の尖閣諸島は「日本の島」なのか「中国固有の領土」なのかが、しばしば変わる。ウィキペディアには、数十の言語で国や地域、歴史的な事件や出来事などが紹介されている。
英BBC10月6日付によると、香港の抗議デモに関しては、1日に65回の変更が行われた場合があったという。沖縄県の「尖閣諸島」については、中国語の表示では「中国固有の領土」となっている。1989年に発生した天安門事件は「反(共産主義)革命の暴動への鎮圧」と説明されている。最近機密を解かれた英外交文書によると、この事件では少なくとも1万人以上が弾圧により死亡した。
同報道チームによる調査では、中国当局が体制に影響をもたらすとみなす22の敏感話題について、短期間で1600回もの改変がみられたという。記事を執筆したジャーナリスト、カール・ミラー氏によると、対象が絞られていて中国当局の主張に沿った内容の書き換えであることから、無作為な操作ではなく組織的な行動であるとみている。
中国学者「ウィキペディアは、世界に中国の良い物語を伝えるプラットフォーム」
中国の政治家や学者たちは、政府や市民に対して、オンライン百科事典ウィキペディア全体でみられる「根強い反中国的な偏見を体系的に修正する」必要があると呼び掛けている。ウィキペディア台湾の理事を務める黄瑞霖氏は2019年7月、SNSで中国当局のウィキペディアに関する戦略について、警鐘を鳴らした。
黄氏によると、最初にウィキペディアを使用した対外宣伝の方法を呼び掛けたのは、中国外文局対外伝播研究センター研究員・丁潔氏が2016年に発表した論文。そこには、中国の国際的影響力が拡大するなか「世界の主要メディアに溶け込んで、中国の政治的発言を伝播させる」目的で、その突破口として「ウィキ・モデル」の可能性を分析した。
次に、2019年に中国専門紙・社会科学誌に発表された論文ではさらに具体的な手法を示した。華東師範大学メディア学部准教授・甘莅豪氏と、ジャーナリストの翁彬婷氏の共著論文では、次のように書いている。
「西側の大手メディアの偏った報道を、直接に抑制したり変更したりすることはできない。しかし、ウィキペディアは、中国について正しい認識を国際社会に提供できるし、『中国の良い物語』を伝えるプラットフォームになる。国際社会には中国の正しい理解をもたらすために、ウィキペディアの記事を書いたり編集したりすることができる。これを通じて、西側の大手メディアによって作られた中国の偏見ある報告を修正できる」
両氏の論文では、ウィキペディアのルールが「誠実」でボランティア精神に基づいていることを念頭にして「ルールを厳格に守り、積極的に他の編集者と交流しながら」「対外プロパガンダ戦略を構築することを検討するべきだ」とも書いている。ウィキペディアの編集者の立場は、投票により決定する。
BBCは、ウィキペディアは内容の改変のみならず、他の編集者コミュニティでも、中国当局の主張通りに書かない台湾の編集者に対して、「警察は今頃、母親の検死報告書を確認しているかもしれない」などの脅迫も行っているとした。
アップルやウィンドウズ、グーグルなどのウェブブラウザーは、ウィキペディアを辞書とみなしているため、政治的意図をもって「辞書」が改変されれば、影響力は他のSNSやニュースよりも大きい。台湾や香港の市民デモ、領土の係争について、中国共産党による情報戦の舞台、あるいは項目によっては対外宣伝工作のサイトとして機能する場合もあり、読み手には誤解か事実か、判別が難しくなる。
香港中文大学の助教授ロクマン・ツイ氏はBBCの取材に対して、中国当局が国境を越えて、「誤解」の修正を行っているとした。「ウィキペディアは、過去行われたすべての編集を確認できるし、改変しても直ちに振り出しに戻すことができる。さらに、ページの改変中止も行うことができるし、当局が目をつけている項目は自動ボットと編集者により巡回されている」と述べた。
ウィキペディアの哲学としては、「開かれた情報とボランティア主導」という理念がある。単一の国による政治的な情報操作への対応は、これまでのところとられていない。
(翻訳編集・佐渡道世)
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