【寄稿】北朝鮮衛星打ち上げの不可解な要素 背景に米中朝露のパワーゲーム

2023/12/05
更新: 2023/12/05

北朝鮮はなぜ、立て続けにロケットを打ち上げられるのか。なぜ、予告した時間よりも前に打ち上げたのか。その背景にあるのは、中露という「悪の枢軸」と米国との熾烈な駆け引きだ。大国間のパワーゲームを理解することで、北朝鮮の核・ミサイル問題の本質を見定めることができる。

北朝鮮のロケットはロシア

北朝鮮は11月21日に軍事偵察衛星「万里鏡1号」の打ち上げに成功した。だが、これほど不可思議に満ちた衛星打ち上げは前代未聞だと言っていいだろう。

そもそも北朝鮮は8月24日に衛星打ち上げに失敗し、即日「次は10月に打ち上げる」と予告した。失敗の原因も究明されていない状態で、次の打ち上げの時期を予告するというのは不可思議極まりない。

しかも、予告した10月に衛星は打ち上げられず、それについて何の説明もない。10月10日の朝鮮労働党創建記念日に打ち上げるのではないかと見られていたが、打ち上げはなく、「偵察衛星をはじめとする宇宙開発事業は不可欠な戦略的選択だ」という論評が発表されただけである。

要するに「10月に打ち上げると予告したが、打ち上げるかどうかは戦略的選択だ」と言い訳しているのだ。だが、この言い訳はかえって不可思議さを助長させる。10月10日の段階で、10月中の打ち上げが戦略的な理由で(つまり技術的理由でなく)中止になったと示唆していることになるからだ。

ではその戦略的な理由とは何か?

9日後の10月19日、ロシアのラブロフ外相が平壌で金正恩と会談し「すべての方面で連携を計画的に拡大していくことなどで見解の一致を見た」と朝鮮中央通信は伝えた。これで10月中の打ち上げが中止になった戦略的理由がロシアによるものだとわかる。

北朝鮮の衛星ロケットがロシアの技術であることは以前から知られていたことだが、8月の失敗直後に「次は10月」と予告したことも、この一層強い裏付けとなろう。通常なら、失敗すれば原因を究明し欠陥を改善しなければ、次の打ち上げに取り掛かれないはずだ。失敗直後に次の時期を予告することなど出来るわけがない。

これは、衛星打ち上げにロシアの技術者が立ち会っていて「次は10月」と明言したとしか考えられない。そうならば、北朝鮮は衛星ロケットを全面的にロシアに依存していることになり、ロシアが前言を翻して「10月の打ち上げは中止」と言えば、素直に従うしかない。

中露首脳会談の影

ロシアは「次は10月」と予告しながら何故、前言を翻したのか?これはロシアのラブロフ外相の動きを見れば明らかになる。ラブロフは10月19日に平壌で金正恩と会談したが、前日の18日には北京でプーチンと習近平との会談に立ち会っていたのだ。

つまりラブロフはプーチンと習近平が会談で合意した内容を金正恩に伝えたと考えられるが、その合意内容とは何か?

中露会談の内容は直後に記者発表されているが、そこに北朝鮮に関する事項はない。もし北朝鮮について何も話し合われなかったとすれば、ラブロフが即日、北朝鮮に向かう訳はないから、北朝鮮について何らかの秘密合意があったことは確実である。その秘密合意とは何か?

それを解くためには、そもそも中露首脳会談が設定された経緯にさかのぼらなければならない。

プーチンの策略

9月13日にプーチンと金正恩は極東ロシアのボストーチヌイ宇宙基地で会談した。この日に北朝鮮は弾道ミサイル2発を日本海に撃ち込んだが、その後、2か月以上1発も撃っていない。従って、この会談でプーチンが金正恩に対して、11月に開かれるAPEC首脳会談までミサイルの発射を停止するよう、要請したものと思われる。

APEC首脳会談は11月15日に米サンフランシスコで開かれたが、9月当時、習近平が参加するかどうかが、国際政治上の重要課題だった。米国のバイデン大統領は、ここで米中首脳会談を実現し、中国の台湾侵攻を思いとどまるよう説得する狙いがあった。

一方、習主席としては米国の半導体輸出規制を含む対中経済制裁を解除させたいとの思惑があった。だが米国内では対中強硬論が渦巻いており、バイデン政権としては対中制裁を公然と解除できる環境にはない。習近平としては米国の譲歩を勝ち取れないのであれば、わざわざ米国まで出かける意味はない。かくして習近平のAPEC出席は困難との見方が浮上していた。

プーチンは、この米中対立を激化させるべく北朝鮮に接近したのであろう。もともと中国は北朝鮮の核ミサイル開発を快く思っていない。北朝鮮が中国を牽制する意図をもって開発している可能性があるからだ。

そこでプーチンは北朝鮮にミサイル発射を停止させ、それを奇貨として習近平と会談した。プーチンは北朝鮮の偵察衛星は、中国が台湾に侵攻した際の情報収集に使えるし、核ミサイルも米軍の介入を牽制する上で有効だと説明したのではないのだろうか。

一方の習近平はプーチンの示した北朝鮮カードを対米交渉に利用しようと考えたとしても不思議はない。つまり北朝鮮の衛星打ち上げとミサイル発射をカードに米国に譲歩迫るという戦略だ。

そこで習近平はプーチンに北朝鮮の衛星打ち上げとミサイル発射を米中首脳会談まで停止させるように要請したのだろう。

なぜ予告時間前に打ち上げたのか?

11月15日にバイデン・習近平の米中首脳会談がサンフランシスコ近郊で開かれた。会談の成果として「軍同士の対話」で合意したと喧伝されたが、一時中断していた軍幹部の対話や交流が再開されるだけの話で、目新しい成果とは言えない。

11月19日に韓国の申国防相は「北朝鮮が11月中に偵察衛星を打ち上げる」可能性に言及し「米韓ともに動静を注視している」と述べた。つまり米国も、この時点で打ち上げを認識していた。

20日、米ホワイトハウスのカービー戦略広報調整官は「15日の米中首脳会談で、両首脳は再会談することで合意した。日程はまだ決まっていない」と明らかにした。再会談で合意していたということは、会談で本質的な合意に至っていなかったということになろう。

21日未明に、北朝鮮は「22日以降、11月末までに衛星ロケットを打ち上げる」と通告し、同日22時42分に打ち上げ54分に衛星を軌道に乗せた。予告時間の1時間以上前だった。

この不可思議は以上の経緯を振り返れば、容易に理解できよう。つまり15日の米中会談は中国にとって不本意だったから再会談が約束されたのだが、米国が日程を決めようとしないので、しびれを切らした習近平は北朝鮮に衛星打ち上げを許可したと推測できる。

これを知って驚いた米国は、あわてて「再会談の日程を決めよう」と言い出した。再会談の日程が決まれば、中国が衛星打ち上げ中止を命じて来ることを懸念した北朝鮮が予告時間を無視して打ち上げたのであろう。

(了)

この記事で述べられている見解は著者の意見であり、必ずしも大紀元の見解を反映するものではありません。
軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。