中国「ファイアウォール」の内側では、ニュースが嘘と洗脳に満ちている。中国のネット民はこの状況を「西の北朝鮮」と揶揄している。
中国からの訪日者が増えている一方で、アメリカへの亡命を試みる人も少なくなかった。一方、靖国神社に落書きを行った中国人がいること、また中国国内で日本人が刺傷される事件が起きていることなど、中国には他国に対する憎しみを感じさせるインターネットの状況がある。
なぜ中国の人々は外国に対してこれほど強い二極化した意見を持っているのか。インターネット上の排外的な発言は、実際の暴力行為を引き起こす原因となるのだろうか? この記事では、その背後にある理由とその可能性に迫る。
昨年、中国のソーシャルメディアで注目を集めたある動画があった。それは100人以上の日本の子供たちが学校の運動場に集まっている様子を映したもので、場所は上海のある小学校とされていた。動画には2人のリーダーが日本語で話しているが、「上海は私たちのものだ。やがて中国も私たちのものになるだろう」という意味の中国語の字幕が添えられていた。
日本の過去の侵略を経験した中国にとって、これらの言葉は大きな衝撃と怒りをもたらすものだった。しかし、実際にはその動画の挑発的な中国語字幕は事実と異なるもので、撮影されたのは日本の小学校で、2人のリーダーはスポーツの試合でフェアプレーを誓うシーンを演じていただけで、中国とは何の関係もなかった。
この動画は1千万回以上再生された後に削除された。中国のネット上では、この学校のビデオのような排外的な内容が大きな議論を引き起こしている。
一か月前、中国の東部に位置する蘇州で、ある中国人男性が日本人の母親と子供を刺すという事件が発生した。その際、スクールバスの乗務員である胡友平さん(中国人)が加害者のバスへの乗車を阻止しようとした結果、重傷を負い、後に亡くなった。
この出来事を受けて、中国のインターネット上では激しい議論が展開された。中には、日本人を襲った犯人を民族のヒーローとして讃える声があり、命を落とした胡友平さんを「日本のスパイ」として非難する意見も見られた。
また、この事件の2週間前には、アメリカのアイオワ州の大学から来た4人の教員が、中国の東北部で刺されるという事件も起こっている。中国の一部の人々は、オンラインでの言論が、実際の世界で、暴力行為を助長しているのではないかと懸念している。
中国では、民族主義的な感情をあおるような情報に対して、複数のソーシャルメディアプラットフォームが積極的に規制を行っている。蘇州での事件が、中国の経済や外国からの投資に悪影響を及ぼす可能性があると考える人もいて、この問題の解決は急務とされている。
中国は、世界で最も進んだ検閲システムを持っており、必要に応じてインターネットを徹底的に監視することができる。政府は政治、経済、社会、国家指導者に関する発言に厳しいルールを定めており、何が言えるか、何が言えないかを明確にしている。インターネット企業には大量の検閲員が配置されている。
一般市民も自己検閲を行い、発言に慎重になる。うっかりするとソーシャルメディアのアカウントが封鎖されたり、場合によっては逮捕されたりする可能性があるからだ。
それにもかかわらず、中国のインターネット上には日本人、アメリカ人、ユダヤ人、アフリカ人、そして政府を批判する中国人に対する憎悪の言論が溢れている。日本やアメリカに関する虚偽情報はしばしばホットトピックとなり、多くのシェアや「いいね」を集めている。
元メディア関係者の趙蘭健氏は、ボイス・オブ・アメリカ(VOA)のインタビューで、中国のインターネット上には多くの反日動画があると述べた。これらの動画の多くは若者によって撮影され、一部は実名や顔を出して過激なスローガンを叫んでいる。
趙氏によれば、これらの若者たちは、自分たちのWeChatグループを持っており、彼らの行動は組織的であり、当局の黙認を得ている可能性が高い。
彼らの行動はたとえ公式に支援されていなくても、少なくとも中国のインターネット管理当局から寛容に扱われている。「中国は『白紙一枚を掲げ』ても逮捕される社会であることを考えると、これがどれほどの意味を持つか分かるだろう」と彼は言う。
中共による民族主義
習近平の指導下で、中国の民族主義的な感情はますます高まり、インターネットにもその影響が及んでいる。世界に対して敵対的な態度を取り、競争相手との関係が悪化する中で、中国の対応策の一つとして「戦狼外交」を採用している。この言葉は、極端な民族主義で、しばしば敵対的な地政学的戦略を意味する。
警視庁は最近、靖国神社への落書き事件に関与した疑いで中国人1人を逮捕し、すでに帰国した他の2人の容疑者に対しても逮捕状を出した。
台湾の国家安全局長、蔡明彦氏は、最近の一連の事件は中共(中国共産党)の「憎悪教育」の結果であると述べた。アメリカの独立系政治学者である吴祚来(ごそらい)氏は、VOAに対し、民族主義は長年にわたる中国当局が国民の支持を得るための手段であったと語った。
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もちろん、インターネット上の憎悪言論や虚偽情報は、中国だけの問題ではない。しかし、中国政府は精巧なプロパガンダ機械を運営しており、これらの情報が特定の国やその国民に向けられる場合、それを容認し、時には奨励さえする態度をとっている。
当局は、嘘を正そうとする人々や情報の伝達を試みる声を抑え込むことさえある。インターネット企業は、ナショナリズム的なコンテンツから得られるトラフィックで利益を上げている。ソーシャルメディア上の大物インフルエンサーや社会の底辺にいる人々、そして習近平時代に最も注目を集めている一部の知識人や作家も、そうした流れに乗って利益を得ている。
Facebookの親会社であるMetaは、ネットワークの脅威に関する報告書で、中国の法執行機関と関連のある数千の偽アカウントやファンページを削除したと発表した。これらは「世界で知られる最大規模のクロスプラットフォーム秘密影響操作」であり、「中国の異なる拠点からの人々」によって運営されていた。
しかし、これは氷山の一角に過ぎない。中共の洗脳プロパガンダは、国際社会に進出した際にのみ報道され批判されることが多い。国内では、「ファイアウォール」の内側でニュースが嘘と洗脳に満ちている。中国のネット民はこの状況を「西の北朝鮮」と揶揄している。ニュースの多くは西側を歪曲し、批判する内容である。
虚偽の情報が流布
ニューヨーク・タイムズによると、2023年2月に有毒化学物質を積んだ列車がオハイオ州イーストパレスティンで脱線した際、中国の公式メディアはこの事件を広く報道した。
影響力のある人物たちは多くの陰謀論を作り上げ、その中の一人はこの事件を1986年のチェルノブイリ原発事故に匹敵するとし、オハイオ州の大部分が居住不可能になると主張した。この説はさらに、アメリカ政府と主流メディアが当時のチェルノブイリ事故のように、この事件を隠蔽しようとしていると主張している。
中国のTwitterに相当するマイクロブログサイトのウェイボーで、170万人のフォロワーを持つネット上の虚偽情報コンサルタントである段煉(仮名)氏は、このイーストパレスティンの悲劇について、事実と虚構を区別しようとする記事を投稿し、虚偽情報に惑わされないようにと呼びかけた。
この記事は1千回以上シェアされた後に削除され、段煉氏のアカウントは約3か月間凍結された。ウェイボーによると、これはネット規則違反が理由だった。
「言論のスペースが狭まっている」と彼はニューヨーク・タイムズのインタビューで述べた。
2010年以来ウェイボーで活躍してきた段氏は、虚偽情報との闘いで知られている。「以前なら、中央テレビ(中共の官製テレビ)の報道に大きな誤りがあれば、笑い飛ばすことができた。しかし今では、公然と嘘をついても、それを指摘することすらできない」と彼は言う。
上海の科学普及ブロガーである劉夙(仮名りゅうしゅく)氏は、日本に対する政府の対応について真実を明らかにしようとしたため、検閲を受けた。
2023年、日本政府は損傷した福島第一原発の処理水を海洋に放出することを決定した。この決定の安全性について、中国では虚偽の情報が流布され、人々は「核汚染水」だとして、これに対する恐怖と怒りを抱いていた。
劉氏が疑問を呈する記事を公開した後、誰かが上海のインターネット規制当局に彼を通報した。劉夙氏は記事を削除し、謝罪して時事に関するコメントを控えることを誓った。その後、彼のWeChatアカウントは6か月間凍結された。
劉氏は、ネット上の排外風潮に懸念を抱く多くの中国知識人の一人である。今年、WeChatに掲載した別の記事で、中医学を称賛し西洋医学を貶める風潮を批判した結果、再び通報された。
「もし中流階級が民族主義の大波に完全に飲み込まれたら、この国の未来はどうなるか想像がつく」と彼は書いた。
中国外交部の報道官は、最近の外国人に対する襲撃は孤立した事件であると述べたが、地方当局は詳細な情報を明らかにしていない。しかし、ソーシャルメディア上では、多くのコメントが襲撃事件とその加害者を称賛している。
こうした外交部の態度に対して中国問題の専門家、唐靖遠氏は「中共の外交部の報道官が回答に際して、被害者へのお見舞いや謝罪、加害者への非難の言葉や姿勢を全く示していない。これは、中共がそのような姿勢をもって、実質的には事件の背後で支持や助長、肯定していると解釈できる」との見解を述べた。
もう一つの憎悪を広める力は、TikTokなどの中国の動画プラットフォームで流行している短編ドラマである。ニューヨーク・タイムズによると、これらの動画では武術の技で日本人を打ちのめす場面が演じられており、時には侮辱と暴力の場面だけで構成されていることもある。
反米感情
反米感情も非常に広がっている。
アメリカ駐中国大使のニコラス・バーンズ氏は、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ) のインタビューで、「ここに来て2年以上が経つが、中国政府がアメリカを誹謗中傷し、アメリカの社会、歴史、政策を歪曲していることに懸念を抱いている。これは政府が管理するすべてのネットワークで日常的に行われており、ネット上には強い反米感情がある」と述べた。
中国の検閲者が自分たちの気に入らない内容をどれだけ迅速かつ効果的に削除するかを見ると、状況がよくわかる。
現任の中共中央政治局常務委員であり、「戦狼外交官」として知られる王滬寧(おうこねい)は、著書『アメリカ・アゲンスト・アメリカ(America Against America)』で、アメリカの民主主義を利用して、アメリカの民主主義を攻撃することを明確に述べている。
シドニー工科大学の副教授である馮崇義(ふうすうぎ)氏は、大紀元に対し、中国共産党の反米反日は実用主義に基づくものであると述べた。反米はアメリカが最大の脅威であるためであり、近代のアメリカが中国を助けてきたにもかかわらずこれを利用する。反日感情は日本がかつて中国を侵略したとする歴史を利用して煽り、それを政権強化の手段としていると彼は言う。
2021年、テニス選手の彭帥(ほうすい)氏がウェイボーで元国家指導者による性的暴行を告発した際、その投稿は20分以内に削除され、関連するほとんどの投稿も削除された。これがいわゆる「全ネットで封殺」である。
前年には、中国の民衆が習近平について話すのを阻止するため、あるソーシャルメディア・プラットフォームがユーザーによる習近平を指す564の異なる呼称を検閲した。その中には「北京の男」、「a big deal」、「末代皇帝」などが含まれていた。
2016年には、監視機関が、ある動画プラットフォームに3万5千以上の習近平に関連する用語を含むデータベースを提供し、それらを監視するよう要請した。
洗脳の犠牲者
52歳の胡友平(こゆうへい)さんが重傷のため亡くなったことが中国の人々に知られると、多くの人がソーシャルメディアで哀悼の意を表した。彼女は中国で日本人母子への襲撃を阻止しようとした際に負傷した。
一部の人々は、この日本人に対する犯罪行為が中国の民族主義的なネット環境と関係があるかどうかを知りたいと述べた。
事件の後、中国最大のいくつかのインターネット・プラットフォームが異例の通知を発表し、日本人に対する憎悪と極端な民族主義を煽る言論を取り締まると述べた。百度は、日中対立を煽る約300件の投稿をブロックしたと発表した。
ブロックした投稿には、胡友平さんを「日本のスパイ」と誹謗する言論や「日本人は全滅すべきだ」という内容が含まれていた。
問題は、こうした状況がどれだけ続くのか。このような取り組みが憎悪を育むエコシステムをどれほど変えることができるのか。中共政権が政治目的のために再び日本やアメリカを悪魔化する際には何が起こるのか。これらの通知が発表された後、多くの悪意あるコメントがネット上に引き起こされたという。
いっぽう、日本のあるネット民は、「中共が日本の負傷した母子に『慰問』を表明すれば、日本に屈服したことになり、反日を強化して国内統制を図る政策に反してしまう。そうとはいえ、『愛国無罪』政策を続ければ、日本の政界と経済界において反中感情が広がる。経済危機が加速している今、中共政権が特に心配しているのは、『脱中国化』である」と述べている。
元ジャーナリストの彭遠文氏は、「この日常的に繰り広げられる大きな劇では、誰かが監督であり、誰かが俳優であり、誰かが舞台を準備し、誰かが観客である」と書いた。
彼は事件の犯人を民族主義の洗脳の犠牲者と呼び、「彼は役に入りすぎて、抜け出せなくなったのだ」と述べた。
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