社会問題 モラルが崩壊した国

中国ではうかつに「人助け」できない 凶犬に襲われた男児

2024/10/02
更新: 2024/10/02

「転倒した老人を助け起こした心優しい市民が、賠償金を求められる」

「面倒に巻き込まれたくないから倒れている人を見ても、うかつにはお助けできない」

このような異常な事態が、中国特有の一種の社会現象になっているのは、有名な話だ。

しかし、相手は老人でなく、子供だったら、どうか。

中国広西省欽州市の集合住宅地近くの路上で、学校帰りと思われる小学生の男児が凶暴な犬に襲われる事件が起きた。

現場の様子を捉えた監視カメラ映像はネットで拡散されて、物議を醸している。

ただ通りかかっただけの男児は約1分近く、凶暴な犬に噛みつかれるなどして執拗に襲われているのに、すぐそばを通る車両も人も、みな傍観するだけで、誰一人としてその子を助けようとしなかったのだ。

結局、男児は顔や手足に深刻な傷を負いながらも、力づくで犬を振り切ったが、「誰も助けてくれなかったこと」が悲しかったのだろうか、男児は犬との戦闘で地面に落ちたランドセル(リョックサック)を拾い上げる余力も残っていなかった。一人ぼっちで、トボトボと歩くその男児の後ろ姿がとても悲しみに満ちていたように見えた。

関連トピックスをめぐるコメントのなかで最も多かったのは、「あなたの飼い犬でもないのに(自分の犬が他人に嚙みついているなら助けないわけにはいかないが、そうでないのに)なぜ助ける? と、みんな後から裁判官にそう尋ねられるのを恐れているのだ」だった。

(現場の監視カメラ映像)

 

「あなたがぶつかったのでないなら、なぜ助け起こしたのか?」
中国人の心が凍りついた「彭宇事件」

それは今から18年前、2006年11月20日のこと。南京で「中国社会のモラル崩壊」を引き起こした、特異な事件が発生した。

彭宇(ほう う)さんという20代の男性が、バス停で転倒した60代の女性を助けた。心優しい彭さんは、女性を病院に送り届け、その場の診療費まで立て替えた。全ては、彭さんの善意であった。

ところが、親切にされたその女性が、なんと「この男(彭宇さん)に突き飛ばされて転んだ」と言い出し、家族ぐるみで彭さんを提訴したのだ。親切が仇となり、逆に賠償金を求められる、という前代未聞の「善行をめぐる傷害事件」となった。

親切を受けたはずの女性が、なぜ「豹変」したのか。その理由は、わからない。

合理的な理由として一つ考えられることは、中国で医療を受けるには高額な実費がかかるため、転倒した女性が(家族ぐるみで)彭さんを加害者に仕立てあげて、金をゆすり取ろうとしたのではないか。だとすれば、心優しい彭さんが加害者でないことは、もちろん知った上での邪悪な計略になる。

ともかく、彭さんを「被告」とする訴訟が起こされてしまった。

裁判の結果、被告となった男性(彭さん)に約4万元(当時で約64万円)の支払い命令が下った。彭さんは懸命に釈明したが、裁判所は聞き入れなかった。この賠償金額は、当時の一般人の年収に相当するほどの「巨額」である。

この時、裁判官の言った有名なセリフがある。

「あなた(彭さん)がぶつかったのでないなら、なぜ助け起こしたのか?」

転倒した女性を助けたことが「加害の証拠」であるかのように、本来、公正を旨とすべき裁判官が決めつけて言ったのである。

この事件があって「善行が、賠償や裁判沙汰になりかねない」という恐るべき結論を中国人の心に焼き付けてしまった。

そして、この「彭宇事件」以来、中国全土のモラル崩壊が爆発的に進んだのである。

この時から中国は、うかつに「人助け」できない国になった。

それでも助けるなら、後から面倒なことにならないように「自分は潔白である」ことの証拠として、スマホで動画を撮る人も多い。なかには、先に警察に連絡して「警察官という証人がいる前で、人助けする」という周到な手順を踏む人もいる。

しかし、それはあまりにも悲しい自己防衛の知恵である。

 

(倒れているお年寄りを助け起こす際にも、後で問題が起きないよう、証拠を残すために撮影している。お年寄りは「何を撮っているんだ?」と聞いている)

李凌
エポックタイムズ記者。主に中国関連報道を担当。大学では経済学を専攻。カウンセラー育成学校で心理カウンセリングも学んだ。中国の真実の姿を伝えます!