毛沢東と重なる習近平の権力路線 「林彪事件」の再来か?

2024/10/23
更新: 2024/10/23

論評

中国は習近平の下で左傾化している。過去10年間の中国社会の方向性は、1966年から1976年にかけて中国全土を席巻した暴力的な社会政治運動である文化大革命以前と最中の中国の歩みと重なっている。

習近平は、中国共産党(中共)の創設者であり、文化大革命の主導者だった毛沢東2世、あるいは毛沢東を超える人物になることを目指している。

これまでのところ、習近平は毛沢東の権力の軌跡をなぞるように、中国共産党の権力を1人に集中させ、意見の異なる党の幹部を排除するという2つの大きな節目を実現してきた。そして次に起こる可能性があるのが、「林彪事件」のような事態だ。

林彪事件

「林彪事件」は毛沢東にとって決定的な出来事だった。中共の公式発表によると、毛の後継者とされていた林彪は、1971年9月、ソ連に向かう途中で飛行機事故で死亡したとされているが、中共はその死を約2年後まで公表しなかった。

毛沢東は中共が中国を支配した1949年以降、盲目的な支持を集め始め、文化大革命時代にはその個人崇拝が頂点に達した。しかし、林彪の死が伝えられた後、林が「革命の英雄」から「裏切り者」に一転したことで、毛の権威は大きく揺らぎ、中国人は文化大革命、さらに毛沢東の人格に疑問を抱き始めた。毛沢東は人々の目からその地位を退き始めた。

習近平が中国のトップに就いたのは2013年だ。

2022年には中国憲法を改正して任期制限を撤廃し、3期目を確保したことで、権力を一層集中させ、中共上層部の集団指導体制を放棄した。これはまさに習近平の「毛沢東時代を再現した瞬間」と言えるだろう。

習近平の「劉少奇の瞬間」

その後、習近平の「劉少奇の瞬間」が訪れた。

劉少奇は毛沢東の政敵とされ、文化大革命が始まった2年後(1969年)に毛によって排除された。当時、中共の副主席であり、中国の「国家主席」を務めた劉は、かつては毛沢東の後継者候補とみなされていた。劉少奇は経済改革を支持しており、政治的な動乱を引き起こす政治運動には反対していたため、1968年にその地位を剥奪され、「資本主義の道を歩む走資派」として糾弾された。

2022年、中国の全国人民代表大会(全人代)で習近平が3期目を確保した閉会式において、習近平の前任者である胡錦濤が公然と会場から退場させられる事件が起きた。胡は習近平の左隣に座っていたが、退場を拒む様子を見せた。習近平は無表情でスタッフが胡を退場させるのを見守り、その場にいた他の共産党幹部たちは誰も事態を気に留めることなく無視した。

共産党のこうしたイベントは、通常、細部まで綿密に演出されている。胡錦濤氏が公然と屈辱を受けるような場面があったとすれば、それは習氏の許可なしには考えられないことである。その場にいた共産党の幹部たちは皆、一様に何事もなかったかのように振る舞っていた。胡は退席する際に、側近だった李克強元首相の肩を軽くたたいた。李克強は2022年に中国共産党中央政治局常務委員を退任し、1年後の2023年に心臓発作で急逝した。

習近平の「林彪の瞬間」は起こるのか

もし「林彪事件」に相当する出来事が起これば、習近平の権力基盤が根本的に揺らぐ可能性がある。

中国共産党が権力を掌握した後、毛沢東は絶対的な独裁体制を確立し、党幹部を含む党員から揺るぎない尊敬を集めていた。しかし、林の死はこの構図を大きく変えた

毛沢東は自ら林を後継者に選んだ。毛沢東のイメージは常に栄光に満ち、賢明で、正しいとされていたため、国民は林を素晴らしく忠実な将軍だと固く信じていた。

林の失脚により毛沢東の権威は著しく損なわれ、多くのベテラン党員が毛沢東の判断力と決断力に疑問を抱くようになった。

林彪を裏切り者としたことで、中国国民はたちまち幻滅し、かつて神のように賢いと信じられていた毛沢東でさえ、誤りを犯すことがあるのだと気づいた。この認識の変化により、党の主張全般に対する懐疑心が広がることとなった。

さらに、文化大革命の苦難を経験した多くの若者たちは、その原因を振り返り、文化大革命そのものや毛沢東に対する疑問を抱き始めた。

毛沢東と習近平の共通の恐怖

そのため、多くの人は、林彪事件が文化大革命の終わりを告げるきっかけとなり、毛沢東と共に戦ってきた古参の党員や、彼の指導のもとで暴力的な「革命」行動を続けていた若者たちの間で、大きな思想の変化を引き起こしたと考えている。

中共の歴史家たちは、劉少奇と林彪という毛の2人の後継者が悲劇的な運命をたどった背景には、ニキータ・フルシチョフによるヨシフ・スターリンへの非難を見た毛沢東の不安に起因すると分析している。

フルシチョフはスターリンを非常に尊敬していたようで、スターリンも彼を深く信頼し、危機の際にはしばしば彼に重要な責任を託した。

スターリンのもとで権力を握ったフルシチョフは、スターリンの死後にその過去を非難した。このことが、中国において「フルシチョフ」のような後継者が現れ、自身の死後に批判を受けるのではないかという毛の恐怖につながった。

この根深い恐怖心は、毛沢東が文化大革命で多くの高級幹部を容赦なく攻撃した理由でもある。晩年に至っても毛が完全に権力を手放さなかったのは、政敵が報復に出ることを恐れていたからだ。

今日、習近平もまた同様の状況に直面している。コロナ対策の失敗、経済停滞不動産危機などの問題が山積し、腐敗撲滅キャンペーンも自身の政治敵を排除するために利用されていると言われている。胡錦濤のような党の長老たちに対する露骨な無視により、習近平はますます孤立している。

情報筋によると、中共の長老たちは、習近平に後継者を指名するよう求めているが、習近平が3期目を確保してからこの問題を先送りにしている。

習近平は自身の側近から後継者を選ぼうとしており、李強首相や丁薛祥副首相の間で検討しているようだ。しかし、胡錦濤派や党の影響力のある長老たちは胡の腹心だった胡春華を強く支持している。

習近平の「林彪の瞬間」はどうなるのか

習近平もまた、部下によって政権が転覆させられることを恐れている。昨年、彼は李尚福国防相、秦剛前外相、そして少なくとも4人のロケット軍幹部を解任したが、これらの人物はいずれも習近平が自らの手で要職に抜擢した者たちであった。

習近平の「林彪の瞬間」が毛沢東と全く同じ形で訪れるとは限らない。しかし、後継者に関わる予期せぬ出来事が起これば、その権力基盤が揺らぐ恐れがある。

 

Olivia Li